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whisp 2019/07/12 22:08

2019年沢井夏葉誕生祝いSS 『大遅刻のお誕生日 』(進行豹

「夏葉、怒ってるだろうなぁ」

考えるだけで胃がキリキリする。

夏葉への……多分最高に近いプレゼントを用意できた形になるとは思うんだけど――
そうであってもいくらなんでも、まるまる3日遅刻のお誕生日はひどすぎる。

「なんの準備もできてないしなぁ」

この時間だと、どこのスーパーももう閉まってる。
ケーキ屋さんはいわずもがな、だ。

プレゼント……普通のヤツも、買えてない。
買う機会なら、何度も何度もあったのに。

「……電話の声も、めちゃくちゃ感情押し殺してる感じだったし」

やっと帰宅できると決まって、夏葉にすぐに電話して。
怒られるか、喜んでもらえるか、どっちかだろうと予想していて……
けれども、反応はゼロだった。

夏の葉じゃなく、冬の石――
そんなイメージが浮かぶくらいに、冷たく、硬く、感情の無い声だった。

「あああ……どうやって許してもらうか――」

担当患者の急変に備え、帰宅できなくなること自体は、残念ながらままあることだ。
特に今回は、急にドナーが決定しての臓器移植という案件な上、
拒絶反応も予想されたから、全方位的なサポート体制が必要となった。

南雲先生が学会でブルガリアというタイミングになってしまったこともあり……
ああいや、言い訳を考えてても仕方ない。

「誠心誠意あやまって、
明日はデートと、お好みのプレゼント……
ってあたりで、許してもらえるといいんだけど」

けど……他の記念日ならいざしらず、誕生日だから。
夏葉が、産まれてくれた日だから、
夏葉の命の、そのはじまりの記念日だから。

……夏葉にとっても、僕にとっても、
他の記念日とは全く違う重みと意味とを持っている日だから。

「前にお誕生日当日にお祝いできなかったときも――
ツラいことになっちゃったしなぁ」

夏葉は少しも怒らなかった。
僕をせめたりしなかった。

『おにいちゃんの患者さんの命にかかわることだもん。仕方ないよね!』
といってくれ――
けれども涙が、ぽろり、ぽろりとあふれてしまい――

『あれっ!? ごめっ! 夏葉が泣いたら、おにいちゃんこまらせちゃうよね。ごめんなさい』


「……ぁぁあ」

思い出すだけでも胃が重くなる。

『夏葉に悪いことなんてない』――
何度言っても、強く抱きしめて頭を撫でても……
涙は止まらず、重い空気を振り払うまで……一週間近くかかってしまった。

「あの繰り返しだけは避けたい。避けたいんだけど……」

――もう家だ。
ここで立ち止まってても仕方ない。

一分一秒でも早く――うん、とにかくお誕生日おめでとうと伝えてからだ!

(ガチャッ)

「夏葉! お誕生日おめでとう!!!!」
「わーい! ありがとうおにいちゃん!!!!」(パーン!!)
「おわっ!!?」

破裂音に思わず目を閉じ……あ――火薬の匂い……

「クラッ――カー?」

「だよだよー! クラッカーって一番お祝いっぽい感じするし!
もちろん、ケーキとごちそうも用意してあるよ!」

「夏……葉」

すごい。
完全にこれは、お誕生会モードの部屋だ。

「えへへ!? どう? サプライズできた?
夏葉、わくわく隠すのもがんばったんだよー!」

「ああ……」

サプライズ――なるほど。
これは見事なサプライズだ。

ケーキのロウソクもばっちりだし、
チョコプレートには
――夏葉ちゃん、お誕生日おめでとう――
の文字も入ってる。


「これって――」
「あのね? ケーキ屋のおばちゃんにね?
おにいちゃんの事情話して相談したら、
『営業時間外でも、いつでもつくってあげるから。
おにいさんから帰りの電話があったら、すぐおばちゃんにいいなさい』
っていってくれたの!
だから、ケーキ、古いやつとかじゃないんだよ」

「……夏葉」
「それにごちそうも、下ごしらえまでして冷凍しといたの。
だから、ちゃあんとできたてなんだよ」
「夏葉!!!!」

抱きしめる。全身全霊で抱きしめる!!!

「すごい――すごい、こんなに素敵なお誕生日は他にないよ!
僕は本当にびっくりしたし――うん、ちょっと――かなり今、感動してる」

「おおげさだよう、おにーちゃんったら!
夏葉、またひとつおねえさんになったんだから、このくらいはふつーふつー!」
「そっか」

……おねえさん。ああ、本当に夏葉はお姉さんになったんだ。

腐らずスネず落ち込まず、誕生日パーティを自分で用意することにより、
僕のことも、そうしてきっと夏葉自身をも救ってくれた。

「夏葉――お誕生日おめでとう。
そうして、遅刻を許してくれてありがとう」

だから、伝える。抱きしめたまま。
頭に浮かんできたそのままの、何も飾らぬ素直な言葉で。

「プレゼントは明日一緒に買いに行ければと思うんだけど」
「うんうん! ショッピングデート大歓迎だよー!」
「その前に。ひとつだけ、夏葉にとって、嬉しいニュースをプレゼントさせてほしいんだ」
「夏葉の嬉しいニュース!? なになにっ!!?」

移植失敗の可能性も決して低いものではなかった。
起きてしまった救済拒絶反応も無事抑え込めはしたものの、確率的には決して分のいい賭けではなかった。

だから夏葉に、詳細を伝えていなかったのだけれど――

「僕が待機を続けてた理由は、赤江ゆきさんの移植手術の拒絶反応に備えてだった」
「赤江ちゃんの!? 赤江ちゃんのドナーさんみつかったの!? って――あ!!!」

嬉しいニュースと、あらかじめ伝えておいてよかった。
我慢して我慢して我慢し続けてくれた夏葉に、これ以上、ほんの僅かの不安も与えたくはない。

「うん。手術は完全に成功だ。リハビリが終わり次第に、夏葉の一番の友達は――赤江ゆきさんは退院できる」
「やったーーーーーーーーーー!!! やったやった! やった! やったーーーーーーー!!!」
「っ!!?!」

満面の笑顔のままに、夏葉の腕が僕の頭をつかまえる。

「ん~~~~(ちゅっ!!!)
おにいちゃん! おにいちゃんおにいちゃんおにいちゃん!!!」
「なぁに、夏葉?」

にこにこしている。僕も夏葉も。
こころの底から、どんどん笑顔が湧き出してくる!

「さいっこーーーーのお誕生日プレゼント! ありがとう!!!」


;おしまい

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whisp 2019/07/01 22:41

2019/07/01 宝生稀咲お誕生日記念SS「初任給の使い方」(進行豹

「やったばーい! お給料ばーい!!! 凪さま派手につかうばーーーい!」
「おっと」
「!!? 稀咲ねーちゃん!?」
「……ふかみ君の懸念していたとおりのようだね」

ボクの言葉がよっぽど意外だったのだろうか、凪君が目を丸くする。

「??? ケネンってナニばい?」
「そこ!?」

懸念とは、気がかりのこと、心配のこと――
説明すればその途端、今度は大きく強いうなずき。

「ははーん、ふかみちゃん、
凪さまが初めてのお給料をムダヅカイしちゃわないかを、ケネンしたとね!」
「うん。そのとおり。
もし凪君が無駄遣いをしそうであればお金の使い方をレクチャーしてあげてほしい、と頼まれた」
「お金の使い方?」
「だね」

首が体ごと大きく傾ぐ。
今度こそ、よっぽど不思議なのだろう。

「お金使うのなんて、簡単でしょお」
「だね。それも一面の真実だ。
凪くんはその初任給を、何に使おうと考えているのか、もしよかったら教えてほしい」
「ふふーん! 凪さま、最近カードにハマっとるばい」
「カード?」
「『剣豪乱舞』いうカードばい!」

凪くんがウエストポーチから小さなファイルを取り出す。
中には美麗なイラストの――ははぁ、ここに描かれている美中年たちが、『剣豪』か。

「ふかみちゃんが読んでるマンガ貸してもらったら、凪さまもいっぺんで気に入ったとよ!
で、剣豪カードの、豪レアの『夏の滝修行・角目蔵人』がどうしてもほしかとばい!」
「ははぁ」


なるほど、それで合点がいった。
ふかみ君はつまり――凪君を思わぬ沼に引きずり込みかけた、その責任を感じているのか。

「角目蔵人は凪さまのお師匠さんのお師匠さんのお師匠さんの、ずーっと前のお師匠さんやけん!
凪さまが、引かなきゃならんとばい!!!」
「引く……というのは――
カードはつまり、欲しいものが確実に手に入る形式で販売されてはいない?」
「『増援袋』っていう15枚入のカードに、剣豪カードやら秘伝カードやら戦場カードやらがごっちゃになってはいっとるばい!
やけん、ほしいの引くのは、なかなかなかなか難しかと~」
「では、もし、そのお目当てのカードを引けなかったら」
「引くまで買うばい!!! そしたらいつかはあたるけんね!」
「なるほどなるほど」


凪君に椅子をすすめて、ボクも座る。
目線の高さが近くなる。
凪君の目をまっすぐ見つめる。

「凪君に新しい楽しみが増えたというのは、とても素敵なことだと思う」
「そ、そぎゃんおおげさまもんじゃなかとよ!
ただ、修行とか仕事の合間に、好きなカード使って遊ぶと、よか気分転換になるけんね」
「息抜きはとても大事なことだ。適度な娯楽はこころの疲れを癒やしてくれるし、次の仕事への活力ともなる」
「さすが稀咲ねーちゃん! よーわかっとるばい!!」
「けれど娯楽は、『適度』を過ぎると毒になる。
楽しかったはずの娯楽が、仕事への活力を奪いはじめる」
「???」

ボクの言葉がまったく通じていないのか、
また体ごと小首が傾ぐ。

だったら――そうだね。
うん。切り口を変えてみよう。

「ふかみくんが、お気に入りのマンガを買うのはいいことだよね?」
「そりゃそうばい! マンガとかご本読んでるときのふかみちゃんは、とってもとってもしあわせそうで、かわゆかけんね!」
「しかし、ふかみくんが――そうだね、古本道楽に耽溺してしまう。
昔々の貴重なマンガの揃い本を、10万円とか20万円出して買い集めはじめる」
「20万円!!!?」」
「稀覯本なら、もっと値がついてもおかしくはない。
集め始めれば、コレクションの欠けが気になり始める。
ふかみくんは収集に血道をあげはじめ、ついには手持ちの資金では足りなくなり、周囲への借金をはじめてしまう」
「そいば――そいばよくなかとばい!!!
そぎゃんになったらふかみちゃん、苦しかけん――
きっといつか、マンガのことば嫌いになっちゃうと!!!」
「おそらく、その可能性がとても高い」

なるほど。ふかみ君の言う通り、凪君はとても聡明だ。
そして――
『話がつたわらなかったら、わたしで例えてみてもらえたら、きっと、伝わると思います』
……そうと見事に看過していた、ふかみ君もまた、同様に。

「振り返って、凪くん。
『あたりを引くまで引き続ける』という君が示した基本姿勢も」
「っ!!!? 危なかとばい!!! もし引けないのがつづいちゃったら、凪さまきっと、カードば見るのもイヤになっちゃうばい!」
「そうとおりだね」
「けどけど凪さまどうしても! 『夏の滝修行・角目蔵人』がほしかとよ!」
「うん?」

切羽詰まった様子にあらためて尋ねれば、
そのカードはなんでも、『夏季限定増援袋』なる時限販売のパックにしか封入されないものらしい。

「……つまり、今、この機会に手に入れられなければ、
二度と手に入れられなくなってしまうわけか」
「そうばい!!!」
「けれど、ひき続ければ確実にひけるとも限らない。
お給料全てを費やし、あげくに手にも入れられないという最悪の結果も、十分ありうる」
「はうっ!」

押しつぶされたような悲鳴。
けれども、それも続く言葉がしぼりだされる。

「……そりゃ……そうばい。
けど、引かなくちゃ! 引かなかったら、絶対絶対ひけんばい!!」
「それもそうだ」

体を乗り出す。
頭半分――その距離だけを凪君へと寄せる。

「だから、ボクは。予算を定めることを薦める」
「予算」
「うん。『その月の収入の何%を娯楽費にあてていい』という風に予算組みをする。
何%にするかは、凪くんの自由だ。例えば100%でもかまわない。
そうしたら、凪くんはその月、他の何にもお金を使えなくなるけれど」
「んぐっ!? それは――それはさすがにイヤばい!」
「だったら、予算を定めよう。
凪くんは今月。娯楽費以外で、いくらくらいのお金を使いそうかな?」
「わおわお!!!! そいばかしこかとーーーー!!!」
「ふふっ」

ああ、凪くんは実に賢い。
ボクの言葉の全てを待たず、予算組み――その有用性に鮮やかな理解を示し始める。

「えっとまずふかみちゃんと遊びにいくお金ばぜったいいると。
あと、はじめてのお給料やけん、じいちゃんとばあちゃんと、
お父さんとお母さんとふかみちゃんにも、プレゼント買いたかと」

後者はともかく、一般的に前者は完全に娯楽費だ。
けれどもきっと凪君には、ふかみ君と過ごす時間は、そこに収まらぬものなのだろう。

「あとは、今よりもーちょっと重い木刀もそろそろ試したかとばい。
それと、お給料もらうようになったけん、新しかスニーカーも、自分のお金で買いたかとねー」

雛衣女史から紙と鉛筆をうけとって、凪くんはうんうん考え始める。

「……カードも絶対欲しかとばってん、他のどれも削れんけん……
やけん、最初から使えるお金ば決めて。そいば歯止めにせんといけんとね」

素晴らしい。
この素直さと聡明さとは、実に愛するべきものだ。

「そしたら……えと――、四割!
40%ば、凪さま娯楽費にあてたかとばい!」
「その40%を、30%の娯楽費と、10%の予備費にあてるのはどうだろう」
「予備費ってなにばい?」
「予算を全て使いきって、けれど、急になにか特別な用事――
例えば、そうだな、誰かが凪くんを映画に誘うなどあった場合」
「映画に凪様のこと誘うだなんて、ふかみちゃんくらいしか……
くらい、しか…………」

おや、凪君にも乙女心が芽生え初めているのかもしれない。
これは説明の都合がいい。

「そうした場合、お財布が空っぽなことを理由に誘いを断るのもつまらなくないかな?
そんなつまらなさを回避するための『いざというときのお金』が、予備費だ」
「予備費! とっても大事ばい!!! ならなら凪さま、10%を予備費にすると!!!
ばってん――誰も凪さまのこと誘わんかっったら、予備費、どぎゃんすればよかと?」
「次の収入があるまでに予備費を使い切らないですむなら、幸いなことだ。
余った予備費を次の収入にそのまま足して、さらに余裕を得た資金で、新しく予算を組めるのだからね」
「わおわお! したら、来月の娯楽費ばそのまま増やせちゃうとね!」
「もちろん、そうしてもかまわない」
「そしたらそしたら、この予算で凪さまいくばい!!!
30%分、カードばガンガンひいいていく――あ」

凪くんの目が丸くなる。
なにか、都合の悪いことでも思い出したのか、急にもじもじしはじめる。

「やっぱり凪さま……ええと――ええと――」

ふたたび鉛筆が走り出し、元気いっぱいの数字が踊る。

「やっぱり凪さま、娯楽品は23%にしとくばい!」
「うん? 残りの7%は」
「残りの7%は、凪さま、こいば買っちゃたけん!!!」

凪くんが、ボクの眼の前に小箱を差し出す。
爽やかな水色の包装紙と青いリボンと――
Happy Birthdayのシールが張られた――――っ!!!?

「凪君、これは――」
「見てわからんと? 稀咲ねーちゃんへのプレゼントばい!」

「いや……しかし――
とても――ものすごく嬉しいが、しかし」
「???」

なぜ受け取ってもらえないのか、
三度体ごと小首が傾ぐ。

いや、もちろん受け取る。
ありがたく、とてもありがたく受け取らせていただくのだけれど――

けれども、しかし――それにしたって――

「これは……凪くんが初任給で――
はじめて買ったものが、その――ボクへのプレゼントで」
「だって今日、稀咲ねーちゃんのお誕生日でしょお」

無論、頷く。全力で。

「なら! はいっ!!!」

受け取って――途端ぱあっと、凪君の顔に花が咲く。


「稀咲ねーちゃん! お誕生日おめでとお!!!」


;おしまい

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whisp 2019/03/26 23:44

2019/03/26 れいな誕生祝いショートストーリー『おたんじょうびぷれぜんと』(進行豹

「それでですねぇ」


ほわほわにこにこ、れいなは僕を見上げ続ける。

「れいな、炭鉱でお仕事してたときから、
今日がれいながロールアウトした日だってことは、
ちゃあんとしってたんですよぉ」

「うん」

鹿兒島まわりで、みかん鉄道の路線へと。
『海がみたい』とのリクエストに応じての、観光乗車の小旅行だが――

「それで、御一夜鉄道に来て。
そうしたら、ポーレットがれいなに教えてくれたんですよぉ」

にこにこにこ。
れいなはもう、僕のことしか見ていない。

『わぁ、海ってすっごく大きいですねぇ。ぴかぴか光って、綺麗ですぅ』

――車窓から見た八ツ城海の、感想一言を残したきりで。

にこにこにこにこ――

うむ?
ああ、いや。これは、そうか。

「なにを、ポーレットは教えてくれたんだ?」

「えっへへー、それはですねぇ。今日が、れいなの、ロールアウト日で。
だから、れいなのお誕生日なんだよって、ことをですよぉ」

「そうか!」

れいなの髪をそおっと撫ぜる。
たんぽぽの綿毛よりなお柔らかな感触が、手のひらの中でくしゃりと踊る。

……ああ、なんだ。
僕も海には、一瞬しか目を向けてない。

ただただれいなを眺めて――いいや。
れいなに、見惚れ続けるばかりだ。

「それからずうっと、れいな、ポーレットといっしょにすごしてきましたから」

ふふっ、と鼻から排気が漏れる。
嬉しげに――そしてはなはだ、誇らしそうに。

「れいなのお誕生日はぜぇんぶ、ポーレットがお祝いしてくれてるんですよぉ」

「そうか」

現在形だ。
今夜は八ツ城のホテルを予約しているのだが――

「あ」

顔に、なにかが出てしまったのだろうか。
れいなが絶句し。

それからゆるゆる――なんとも静かな声を出す。

「だから今日は、はじめての、ポーレットのいないお誕生日になるんですねぇ」

「……寂しいか?」

「さみしくなんてないですよぉ。そうてつさんが、れいなのとなりにいてくれますし」

にこにこ笑顔でそういいつつも、ぎゅっと、その身を寄せてくる。
さみしいと、心細いと――小さな体が悲鳴をあげているように、僕には思える。

「それにれいな――えっへへー。そうてつさんの、およめさんなんですから。
ポーレットがいなくったって、ひとりで……ううん、そうてつさんと、ふたりで。
どんなことでもできちゃうように、ならなきゃですから」

「そうだな」

れいなは、本心を語ってくれている。
けれども同時に、れいなの体も、きっと本当を伝えてくれている。

れいなは僕よりずっと大人で。
同時に、僕より遥かに幼い部分を持っている。

そのことを――れいなを大好きだからこそ、折々に痛感させられる。

「なんでも、ふたりで。……いつかは、そうならなくてはな」

「はぁい、れいな。がんばりますよぉ」

「とはいえ、だ」

「わっ!?」

いつかは、きっと今日ではない。
れいなの手を引き、途中下車する。

僕をフォローし続けていたナビを呼び寄せ――

「わ、わ――わぁぁあああああああ!!!」

「――これが、れいなへの1つ目の誕生日プレゼントだ」

「すごい! すごぉい! おっきいですぅ! まるぅいですよぉ!!」

「ああ」

硬上から、御一夜へ。
れいなの車歴は、山から山へだ。

どうせ海を見せるのならば、これが最良だろうと確信していたが――

「海って――海って! こんなにきれいなんですねぇ!!」

ここまで喜んでもらえるのなら、工夫をこらした甲斐もあったというものだ。

ならば笑顔を――れいなの笑顔を、
やはり、もっと輝かせたい。

「双鉄様は予定にはない途中下車をされています。
以降のルートの変更指定をお願いします」

「うむ」

極めて事務的なナビの口調。
ゆえに決意を支えてもらえる。

予定通りにいくのなら、途中下車など必要なかった。
僕の判断は恐らくは――結婚一年にもなっていない――今はまだ、正しいものとなろうと思える。

「このまま、御一夜へ飛んでくれ」
「かしこまりました、双鉄様」
「あれぇ? 八ツ城でお泊りするんじゃなかったんですかぁ??」
「そうなるかもしれん。ホテルの部屋の空き状況と、ポーレットの都合次第だが」
「わ!!!!!!!!」

れいなの顔がパーっと輝く。
ああ――やっぱり今は、これが一番の大正解だ。

「御一夜でになるか、八ツ城でになるかはわからんが、
今年のれいなのお誕生日は――やはり、ポーレットにも、共に祝ってもらいたい」

「うっふふ~~」
「おっと」

体の小ささをフルにいかして、
狭いキャノピーの中でくるりと振り返る。

そうしてれいなは――

「(ちゅっ!)」

「れいな様。飛行の安全を保つため――いえ、なんでもありません」

「ふふっ」

顔に、また何かが出てしまったのだろうか。
僕に甘えてすりつくれいなを、ナビは無言で許容する。

「そうてつさぁん」

ゼロ距離で、れいなが笑う。
甘えと、喜び、そうして愛情。

全部をふわふわのわたあめで包んだように、笑ってくれる。

「とっても素敵なお誕生日プレゼントを、ふたつも! ほんとうにありがとうございまぁす」

「いいや?」
「え?」

我慢できよう筈もない。
これほどの甘味に、瞳を、鼻を、肌を、鼓膜を、くすぐられてしまっては――

「(ちゅっ!)」
「んっ――んふふふ~っ――ん……んぅ……ちゅうっ――ぷぁ」

甘さ極まるキスをほどけば、れいなはとろん、と、笑顔までをもとろけさす。

「とっても素敵なお誕生日プレゼント。みっつも! えっへへ~
とってもとっても! とってもありがとうございまぁす!」


;おしまい

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whisp 2019/03/08 00:00

20190308_ハチロクお誕生日記念SS「炭鉱ランデブウ」(進行豹

ハチロクお誕生日おめでとう!!!!

と、いうことで、ハチロクのおとうさんの一人であるわたくしからも、
ハチロクにプレゼントでございます!!!!

今年のハチロクのお誕生日を寿ぐショートストーリー
「炭鉱ランデブウ」

どうぞみなさまにもお読みいただき、
ハチロクのお誕生日をお祝いしてあげていただけましたらうれしいです!!!

/////////////////

2019/03/08 ハチロクお誕生日記念SS
「炭鉱ランデブウ」 進行豹


///

「間もなく、術仙。術仙に到着いたします。
ホームと列車の間にスペースがございますので、
お降りの方は、お足元にお気をつけください」

「うふふっ、かしこまりました」

回送列車への添乗だ。
車内放送の必要などない。

けれどもあえての放送に、
ハチロクは、とびきりの笑顔で小さく応える。

「双鉄さま? 
足元、気をつけなければいけないそうでございます」

「そうか。ならば、きちんと対策をとるとしよう」

「対策、でございますか?」

「うむ――それっ!」

「まぁっ!」

ハチロクをお姫様抱っこする。

「これなら、足元には問題なかろう?」

「は、はい。ありがとうございます。双鉄さま」

「なに、僕自身のためでもある。
大事なお前に怪我でもされては、大変悲しい」

「……双鉄さま」

(がくんっ!)

「おっとっ!!」
「きゃっ!!?」

ポーレットらしくもなく、ブレーキがキツい。
いや、これは、ひょっとして――

「うふふふぅ。とってもとっても仲良しさんでいいですねぇ」
「あっ」

僕にぎゅうっとしがみついていたハチロクが、ぱっと離れる。

頬をわずかに朱を足して――
そうありながら、嬉しげにはにかむ顔が、なんともいえず愛らしい。

「……素晴らしいブレーキ扱いだったと、運転士さんに伝えておいてくれ」

「はぁい。うふふぅ。ちゃあんと伝えておきますねぇ」
「足元! ほんとに気をつけてくださいね」

「うむっ!」

――よく晴れている。
まだ3月のはじめというのに、陽気に近いものさえ感じる。

「これは、歩くと汗をかくかもしれんな」

「うふふぅ、おあついですもんねぇ」

「なっ!」

れいなの思わぬからかいに振り返るなら、ドア閉だ。
その向こうから、れいなの大きな大きな声。

「帰り、営業列車で拾う方がよければ、共感でしらせてくださいねぇ」

「わかりました。れいな。ご安全に。良い乗務を」

「はぁい。ハチロクさんと双鉄さんも、素敵なお誕生日をでぇす」

(ふぉん!)

どこかのどかな響きのタイフォン。
ことことと、キハ07sは、レールの向こうに消えていく。

「さて、僕らも行くとするか」

「はい……ですけれど――」

きょろきょろと、お姫様抱っこをされたまま、
ハチロクはあたりを見回し、僕を見上げる。

「いったいどこへ、わたくし、連れていっていただけるのでしょうか?」



「まぁ! まぁ! まぁまぁまぁまぁ!!!!」

ヘッドライトだけが頼りの廃坑道で、
けれど眩しく、笑顔が輝く。

「わたくし――わたくし、産まれてこの方、100年近く!
数多の石炭を噛み砕き飲み干してまいりましたが」

下ろしてください、とその目で仕草で訴えてくる。

望みに応じて下ろしてやればハチロクは、
とんとんとん、とブーツのかかとで地面を叩く。

「……廃炭鉱のものとはいえど、
坑道の中に入れていただいたのは、はじめての経験でございます」

大きく大きく吸気する。
あたりをきょろきょろ、何度も見回す。

「ずいぶんと楽しそうだ。
初めてなのに懐かしい場所、といった感じか?」

「それも、確かにございます。帰ってきたと――
わたくしの回路のどこかが、チリチリと、
心地よく音を立てております」

うれしげだ。
僕まで嬉しくなってくる。

「けれど、それだけではなく。
ええと……なんと申しましたでしょうか。あの童話」

「童話?」

「はい。こども二人が捨てられてしまい、パンくずを撒いて帰り道を」

「ああ。『ハンスルとグレトル』か――うむっ!?」

「そう、あの童話の、幼いグレトルと、わたくし同じ気持ちかもしれません」

「あははっ! なんと、そうなのか!!」

ハチロクは存外くいしんぼうだと知ってはいたが、
その感想は、まるで想像もしていなかった。

「お菓子の家を見つけた気持ちか!」

「うふふっ、左様でございます。
この坑道の、前も左右も天井も床も、掘り進んだなら、
そこには石炭があるのでしょう?」

「だろうな」

「でしたらここは、まさしくわたくしにはお菓子の家です!
こわぁい魔女に捕まらないよう、
こっそりと、つまみぐいでも試みたいような気持ちです」

「ふふっ」

愛らしい。
あどけない。

れいなやポーレットの前では――いや、日々姫や真闇姉さえにも見せぬ、
僕だけがひとりじめできる表情だ。

「廃坑道なのが残念です。
もし願うなら、いつか九代(くしろ)にあるという、今も現役の炭鉱にいき」

「掘りたての石炭を食べてみたい、か?」

「はい。うふふっ。わたくし、欲張りすぎですね?」

「いいや」

だから、もっと笑わせたくなる。
どこまでだって喜ばせたくなる。

僕はハチロクを大好きなのだと――
その単純な事実が僕を、どこまでだって嬉しくさせる。

「れいなが調査してくれた内部構造は教わっているし、
所有者である市の許可も取得している」

手を伸ばす。
ハチロクがその手をごく当然と受け取ってくれる。

恋人つなぎに手をつなぐ。
ただそれだけのことでこれほどまでに、胸がときめく。

「おいで、ハチロク。
僕からの誕生日プレゼントは、この先だ」

「――はい! 双鉄さま」

ヘッドライトの明かりをたよりに、ただ歩く。
かつかつ、こつこつ。

かつてのトロッコのレールの上を、
小さな足が嬉しげに、丁寧に丁寧になぞって歩く。

「……設備や機材が、今もそのまま残っているのですね」

「うむ。いつかの採炭復活を夢見て、
そのまま残していったのだろう」

「どのような形であっても――
その夢が、叶ってくれるといいのですけれど」

きゅっと。繋ぐ手に力を込める。
簡単に約束できることではもちろんないが――

いつの日かきっと叶えてやると、
そんな思いを指先にこめ。

「うふふっ」

きゅっと。ハチロクの手も応えてくれる。
信じていますと――声ならぬ声が伝わってくる。

「あ」
「おお!」

れいなに教わっていたとおり。
坑道内の様子が一気に変化する。

トンネル全てを覆い尽くしてガードしていた、
コンクリートがその姿を消す。

「まぁ! まぁまぁまぁ!!!
この黒は――気品に満ちた、この真っ黒な輝きは!」

「石炭層――というものらしい。
かつてはここを最前線に、まさしく採掘をしていたわけだ」

「この大きなドリルでございますね?
ああ、このこが動いてくれたら」

「故障させてもこまるゆえ、通電させることはできんが。
その代わり」

「まぁ――ああ! 双鉄さまっ」

バックパックに収まるサイズの、
とても小さなツルハシだ。

けれどハチロクは、まるで宝剣でも受け取るように、
手を震わせて、ツルハシをきゅっと握りしめる。

「許可は得てある。存分にやれ」

「はい! 双鉄さまっ!!!

(ぶんっ! がつっっ!!!!)

「おお」

なんという思い切りの良さだろう。

あるいは投炭経験が、
ハチロクの手を、背中を支えているのかもしれん。

(がっ! ガツッ! こぉん! ガツっ!!)

とても初めてとは思えぬツルハシさばきが、
ハチロクの意図を明確にする。

(ガッ! ガッ! ガッ! ぼろっ!!!!)

「やりました!」
「うむ、見事だ!!!」

突き出していたおおきな石炭の塊を、
その周りからえぐり取るようして、ハチロクは見事切り出した。

「採炭物の所有の許可ももちろん得ている。
それは、ハチロクの石炭だ」

「ああ……産地直送。新鮮。とれとれ。
どの言葉も、わたくしのこの身には、機能停止のその瞬間まで
縁の無いものと思い込んでしまっておりましたが」

袖で、拭く。
石炭よごれが付きづらい――そうであるとは確かに聞いたが。

(きゅっきゅっ、ごしごし)

「はぁぁっ――ふううっ――」

息をふきかけ、丹念に。
石炭塊に、ハチロクは美しい制服のその袖で、
幾度も幾度も磨きをかける。

「ああ――この鈍い輝き。
なんて美味しそうなのでしょう」

「いくといい。がぶりと、好きなだけ食するがいい」

「はい――それでは、遠慮なくいただきます!」

(ぼりんっ!!!!)

盛大な――いっそ痛快と呼びたくなる音。

(ばりっ! ぼりっ! ばきっ! ごきっ!!!!)

「ふふふっ」

なんと幸せな音だろう。
ハチロクは、この瞬間を、五感全てで味わっている。楽しんでいる。

それが、僕にも伝わってくる。
なんと嬉しい瞬間だろう。

(ばきっ――ぼりっ――ごりっ――ごりっ――ごくんっ)

「ふうぅ……」

ハチロクの両手に余っていた。
バスケットボールほどもあった石炭塊が、もう全て、ハチロクの胃(?)の中に収まっている。

ハチロクの体の中ではごうごうと、
罐の火が燃えているのだろうかと、ふしぎに思う。

「大変、おいしうございました」

「だろうな。実に旨そうだった。
叶うなら、僕も食してみたいほど」

「うふふっ、でしたら双鉄さま。
あら? お顔に石炭くずを飛ばしてしまいましたね」

「うむ? んむっ!?」

キスだ。

しゃがんだ瞬間、不意打ちの――
ハチロクが、僕に仕掛けてきたキス。

「ん……ちゅっ――ん……ふっ……」

ハチロクの鼻からの排気がとても熱い。
舌もまた熱くぬらつき、僕の唇をノックして――

「ぁ……んっ――(ちゅくっ――ちゅるううっ)」

「!!!!?」

「――ぁ――ん――ぷあっ」

僕の驚きが伝わったのか、ハチロクがキスをほどいてしまう。

「お口に、あいませんでしたか? 石炭の味」

「ひどく苦くて、粉っぽくある。
だが、なハチロク」

「あっ!」

今度は僕から、不意打ちのキス。

「ん……は……んっ――ほーへふ――はまっ――」

丹念に丹念に、舌を、歯の裏を、口腔内を、
僕の舌全部で蹂躙していく。

「……ぷあっ――。ふふっ。
ひどく苦くて、粉っぽく――
けれども同時に、どうしようもなく甘いな、これは」

「双鉄さまっ!!」

ハチロクがどんっ! と抱きついてくる。
小さな体を受け止めて、ぎゅっと、ぎゅうっと抱きしめ返す。

「ハチロク」

愛している、といいかけて。
それより先につたえるべきを、思い出す。

「ハチロク――お誕生日、おめでとう」


;おしまい

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whisp 2019/01/07 22:31

2019年 蓑笠凪 誕生祝いショートストーリー 『春の七草』

こんばんわです! 進行豹です!!!
今日! 1月7日は全国的に凪誕!

「まいてつ」ヒロイン、蓑笠凪のお誕生日でございます!!!

ので! わたくし短くありますが、
凪さまの誕生日を寿ぐショートストーリー! 執筆させていただきました!!!

ぜひぜひ! 凪誕! お祝いのほどいただけましたらうれしいです!!!



        *



2019年 蓑笠凪 誕生祝いショートストーリー
『春の七草』

2019/01/07 進行豹


//////////


「……ごちそうさまば~い」

あう~!
せーっかくのお誕生日なのに、朝からテンションさがるとばい!
凪さま、なーんでお粥の日なんかに産まれちゃったとかねー。

どうせだったらクリスマスとかおひなさまとか、
ごちそうが食べられる日に産まれたかったと!!

「……そげなしぶか顔ばせんでも。夜には肉じゃろ。
御一夜鉄道でパーテーをしてくれるいう話じゃけんのう。
ありがたかことじゃ」

「そうだったばーい!!!」

じいちゃんがゆうてくれるまで、すーっかりわすれとったと!
今年は凪さま、御一夜鉄道の一員やけん!!
みんなにパーティー、してもらえるとばい!!

「思い出したら、凪さま元気百倍ばい!!
お仕事、がんばってくるとばーーい!」

「おー、気をつけていって来ぉ!」

「わかったとばーい! いってきまーーーーす!!!」


;SE 機関車走行音
;SE 投炭

(かぱっ! ざくっ! かぱっ! ざくっっ!)

「投炭よし! 水面計よし! 蒸気圧よし!!
へっへへー! 凪さま、絶好調ばい!!!」

「本当に今日の凪はよく集中できていますね。
この調子なら、正機関士も遠くはないかもしれません」

「わおわお! 凪さま正機関士になれそーと!?
日々ねーちゃんより早くなれたら、大手柄ばい!!」

「まぁ凪。機関士資格を競争の対象と考えるなどもっての他です。
『より安全に、より正確に。』
競争心は、そうした基本目標を見失いやすくさせてしまいますから」

「はうっ!? せっかくほめられたのに、
すぐ叱られちゃったばーい」

「しかし、凪はもとより剣士だからな。
競争心や闘争心があってこそ、より落ち着けることもあるかもしれん」

わおわお! にいさん、ナイスフォローばい!!

「……双鉄さまのお言葉ですが、
そのようなこと、果たしてございますのでしょうか?」

「あるよな? 凪」

「??? そぎゃんこつ、あると?」

あぶなかっ!
にーさんいま、運転中にもかかわらず、ずっこけそうになったばい!!

いけんばい!!
にーさんちょこーっと機関士の自覚、たりんかもしれんとね~!

「しっかりしてくれ、凪。
修行のときに、しばしば口にしているではないか。
静中――」

「!!!! 静中動あり! 動中静あり!
静中の静は真の静にあらず!
道中に静を得て、わずかにこれ性天の真境なり!!!」

「うむ! そのとおりだ」

「――いまのは、漢語……で、ございましょうか?
どのような意味合いのものですか?」

にーさんが、「わかるか? 凪」って感じの顔するばってん!
こんなん凪さま! らくしょーばい!!

「動いているもののなかにも静かなものがあって、
静かなもののなかにも動いてるものがあるとばい!
で! 静かな中で感じる静かは本当の静かじゃなくて、
動きのなかにある静かこそが、しょーしんしょーめーの『静か』とばい!!」

「おお――」

にーさんが目、ぱちくりさせよる。
へっへーん、凪さまのこと、見直しよったと?

「静止状態から動き出すものこそ、もっとも力のかかる箇所。
動いている物のなかにある動かぬ点こそ、まことに力がかかる箇所」

「!」

ハチロク、すごかと!!!
凪さまが剣術修行しまくって、なんとか最近わかりはじめたことば――

あ、ちがかとね?

動と静。
蒸気機関車もゆーたら、そんカタマリばい。

で、ハチロクば……凪さまの修行の何倍も、
そのカタマリと、ずーっとつきあってきとるけん!

「……で、あるならば理解できます。
凪が得る真なる静は、動中の静。
競争心に、対抗心に心を燃やし――
動輪を回し切るその中でこそ、安定を得るものなのかも。と」

「かっこよかばい! まっことばい!
凪さまそういう感じばーーーーい!」

「凪?」

「わっ!!? わわっつ!?」

いけんっ! お仕事っ! 凪さまのっ!!

;SE 短汽笛
(ポッ!)

「な、仲里第一踏切、通過とばい!!」

「……前言撤回でございます。
凪が真に、動中の静を見出すまでには、まだまだかかりそうですね」

「はううう~! 凪さままたやらかしちゃったとばい!」

ん? にーさん今……ふふってちっちゃく……笑ったと?


「誕生日パーティーのことなら心配無用だ。
ふかみがすっかり取り仕切っている」

「!!! ふかみちゃんが!!?」

「うむ。ポーレットがにこにこしながら聞かせてくれた。
あのふかみが、凪の誕生パーティの幹事に立候補してくれたのだと」

「立候補!? ふかみちゃんが!!!?」

「それだけ、大成功させたいのでしょうね。
御一夜鉄道ではじめてむかえる、凪のお誕生日のお祝いを」

「ふかみちゃぁ~ん」

やる気でるばい! 嬉しかとばい!!
凪さましっかり大成功で! 8620! 御一夜温泉駅に帰したげるばい!!

(かぱっ! ザクっ! かぱっ! ザクっ!!)

「――一気に集中が戻りましたね」

「うむ。感動の中に、どうやら静を見出したようだな」

「たいへん素敵なことですね」

「うむ! っと、僕らも僕らの仕事をだ!」

「はい。双鉄様!」

;SE 長汽笛
(ぽーーーーーーーーーーーっっ!!)


「手ブレーキ、よしっ!」

「御一夜温泉駅着。定刻通り。
お見事です。双鉄様、凪」

「ただいまばーい!
お誕生日パーティばい! ごちそうばーーい!!」

「あ、凪ちゃんっ!!」

「ふかみちゃん!! わざわざホームで待っとってくれたと!?」

「うん! だって一番にプレゼント渡したくって。
はい。これっ」

なにばい!? かわゆか袋ばい……って!!!!

「手袋ばーい! 手編みばい!!!
動輪マーク! はいっとるばい!!!!」

「凪ちゃん、もうすぐ機関士さんになるんでしょう?
だから、ぴったりかなって思って」

「ありがとばい! 凪さま最高にうれしいばい!!」

「よかったぁ」

「僕からのプレゼントも、ささやかながらパーティ会場に用意してある」

「わたくしも同じにございます。本当にささやかですので、期待は控えめにおねがいしますね?」

にーさんとハチロクもにこにこばい!
たのしか気持ち!もっともーっとふくらむとばい!!

「控えめにしたってうれしかとばーい!!
御一夜鉄道最高ばい!
じーちゃんたちのお誕生日パーティーより!
ずっとずっと、ずーっとよかばい!!」

「む? それは聞き捨てならんな。
蓑笠さんたちのお誕生日パーティに、なにか問題でもあったのか?」

あうっ……今の、ちょっと言い過ぎたばい……
ばってん……いっつも――

「問題、とかはなかとよ?
ただ……ごちそうが、年寄り臭くて地味すぎばい」

「ふむ?」

にーさんがなんでか食いついてきよったけん、話すばってん……
凪さま、なんだかはずかしかとよ~

一番派手なところでお刺身――
あとはもう、お野菜の炊合せとか、和え物とか酢の物とか、炊き込みご飯の話だなんて……

「ふむ。凪。
お前は恐らく、大きな勘違いをしてしまっている」

「勘違いって、何がばい?」

「お誕生日の、蓑笠さんたちのごちそうについてだ。
蓑笠さんたちのごちそうは、恐らく全て、胃腸に優しい」

「???」

「わからんか? では、質問をひとつしよう。
今日食べることが、縁起がいいとされているものは――」

「そりゃ知っとるばい! 七草がゆばい!」

「うむ。
七草がゆは、本来、正月のごちそうで疲れ切った胃腸を休め、
一年の無病息災を願う――という性質のものだ」

「まぁ、うふふっ。無病息災。
まさに、凪はその申し子ですね」

「あっ!」

ふかみちゃん――ハチロク――にいさん。
みたらすぐ、みんなコクって、うなずいてくれる。

やったら、凪さま――
凪さま、いままで……

「あのね? 凪ちゃん。わたし、凪ちゃんのおじいちゃんたちに――
今日のごちそう、ひとつおねがいされてるの」

「なにを……ばい?」

「凪はお肉が好きだから、お肉のごちそうにしてあげてほしい。
だけど、食べ過ぎるとお腹を壊しやすいから、
できるだけ、脂身は減らしてあげてほしい――って」

「……じいちゃんと、ばぁちゃんが」

「だから、しゃぶしゃぶ。
お誕生日のごちそうなんだけど――どうかなぁ?」

「そんなの、そんなの――最高ばいっ!!!!!!!」

最高すぎで、うれしくて。
やけん――やけん! 凪さま、凪さまっ!!


「あのっ、えとっ!!!
ふかみちゃん、にーさん、ハチロク。
うち、そのっ――」

「ひょっとして、誰か招待したいお客様でもいるのか?」

「うんっ!!!」

「うふふっ、安心して、凪ちゃん!
幹事特権で、ちゃあんと予備席、ふたつ用意してあるから」

「!!!!! ありがとばーい!!!」

やったら! やったら! すぐ電話ばいっ!!!
じーちゃんまだかな、早く出んかな、まだかなぁ――あっ!!!

「もしもし!! じーちゃんっ!! 凪さまばいっ!!!」


;おしまい

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