whisp 2019/07/01 22:41

2019/07/01 宝生稀咲お誕生日記念SS「初任給の使い方」(進行豹

「やったばーい! お給料ばーい!!! 凪さま派手につかうばーーーい!」
「おっと」
「!!? 稀咲ねーちゃん!?」
「……ふかみ君の懸念していたとおりのようだね」

ボクの言葉がよっぽど意外だったのだろうか、凪君が目を丸くする。

「??? ケネンってナニばい?」
「そこ!?」

懸念とは、気がかりのこと、心配のこと――
説明すればその途端、今度は大きく強いうなずき。

「ははーん、ふかみちゃん、
凪さまが初めてのお給料をムダヅカイしちゃわないかを、ケネンしたとね!」
「うん。そのとおり。
もし凪君が無駄遣いをしそうであればお金の使い方をレクチャーしてあげてほしい、と頼まれた」
「お金の使い方?」
「だね」

首が体ごと大きく傾ぐ。
今度こそ、よっぽど不思議なのだろう。

「お金使うのなんて、簡単でしょお」
「だね。それも一面の真実だ。
凪くんはその初任給を、何に使おうと考えているのか、もしよかったら教えてほしい」
「ふふーん! 凪さま、最近カードにハマっとるばい」
「カード?」
「『剣豪乱舞』いうカードばい!」

凪くんがウエストポーチから小さなファイルを取り出す。
中には美麗なイラストの――ははぁ、ここに描かれている美中年たちが、『剣豪』か。

「ふかみちゃんが読んでるマンガ貸してもらったら、凪さまもいっぺんで気に入ったとよ!
で、剣豪カードの、豪レアの『夏の滝修行・角目蔵人』がどうしてもほしかとばい!」
「ははぁ」


なるほど、それで合点がいった。
ふかみ君はつまり――凪君を思わぬ沼に引きずり込みかけた、その責任を感じているのか。

「角目蔵人は凪さまのお師匠さんのお師匠さんのお師匠さんの、ずーっと前のお師匠さんやけん!
凪さまが、引かなきゃならんとばい!!!」
「引く……というのは――
カードはつまり、欲しいものが確実に手に入る形式で販売されてはいない?」
「『増援袋』っていう15枚入のカードに、剣豪カードやら秘伝カードやら戦場カードやらがごっちゃになってはいっとるばい!
やけん、ほしいの引くのは、なかなかなかなか難しかと~」
「では、もし、そのお目当てのカードを引けなかったら」
「引くまで買うばい!!! そしたらいつかはあたるけんね!」
「なるほどなるほど」


凪君に椅子をすすめて、ボクも座る。
目線の高さが近くなる。
凪君の目をまっすぐ見つめる。

「凪君に新しい楽しみが増えたというのは、とても素敵なことだと思う」
「そ、そぎゃんおおげさまもんじゃなかとよ!
ただ、修行とか仕事の合間に、好きなカード使って遊ぶと、よか気分転換になるけんね」
「息抜きはとても大事なことだ。適度な娯楽はこころの疲れを癒やしてくれるし、次の仕事への活力ともなる」
「さすが稀咲ねーちゃん! よーわかっとるばい!!」
「けれど娯楽は、『適度』を過ぎると毒になる。
楽しかったはずの娯楽が、仕事への活力を奪いはじめる」
「???」

ボクの言葉がまったく通じていないのか、
また体ごと小首が傾ぐ。

だったら――そうだね。
うん。切り口を変えてみよう。

「ふかみくんが、お気に入りのマンガを買うのはいいことだよね?」
「そりゃそうばい! マンガとかご本読んでるときのふかみちゃんは、とってもとってもしあわせそうで、かわゆかけんね!」
「しかし、ふかみくんが――そうだね、古本道楽に耽溺してしまう。
昔々の貴重なマンガの揃い本を、10万円とか20万円出して買い集めはじめる」
「20万円!!!?」」
「稀覯本なら、もっと値がついてもおかしくはない。
集め始めれば、コレクションの欠けが気になり始める。
ふかみくんは収集に血道をあげはじめ、ついには手持ちの資金では足りなくなり、周囲への借金をはじめてしまう」
「そいば――そいばよくなかとばい!!!
そぎゃんになったらふかみちゃん、苦しかけん――
きっといつか、マンガのことば嫌いになっちゃうと!!!」
「おそらく、その可能性がとても高い」

なるほど。ふかみ君の言う通り、凪君はとても聡明だ。
そして――
『話がつたわらなかったら、わたしで例えてみてもらえたら、きっと、伝わると思います』
……そうと見事に看過していた、ふかみ君もまた、同様に。

「振り返って、凪くん。
『あたりを引くまで引き続ける』という君が示した基本姿勢も」
「っ!!!? 危なかとばい!!! もし引けないのがつづいちゃったら、凪さまきっと、カードば見るのもイヤになっちゃうばい!」
「そうとおりだね」
「けどけど凪さまどうしても! 『夏の滝修行・角目蔵人』がほしかとよ!」
「うん?」

切羽詰まった様子にあらためて尋ねれば、
そのカードはなんでも、『夏季限定増援袋』なる時限販売のパックにしか封入されないものらしい。

「……つまり、今、この機会に手に入れられなければ、
二度と手に入れられなくなってしまうわけか」
「そうばい!!!」
「けれど、ひき続ければ確実にひけるとも限らない。
お給料全てを費やし、あげくに手にも入れられないという最悪の結果も、十分ありうる」
「はうっ!」

押しつぶされたような悲鳴。
けれども、それも続く言葉がしぼりだされる。

「……そりゃ……そうばい。
けど、引かなくちゃ! 引かなかったら、絶対絶対ひけんばい!!」
「それもそうだ」

体を乗り出す。
頭半分――その距離だけを凪君へと寄せる。

「だから、ボクは。予算を定めることを薦める」
「予算」
「うん。『その月の収入の何%を娯楽費にあてていい』という風に予算組みをする。
何%にするかは、凪くんの自由だ。例えば100%でもかまわない。
そうしたら、凪くんはその月、他の何にもお金を使えなくなるけれど」
「んぐっ!? それは――それはさすがにイヤばい!」
「だったら、予算を定めよう。
凪くんは今月。娯楽費以外で、いくらくらいのお金を使いそうかな?」
「わおわお!!!! そいばかしこかとーーーー!!!」
「ふふっ」

ああ、凪くんは実に賢い。
ボクの言葉の全てを待たず、予算組み――その有用性に鮮やかな理解を示し始める。

「えっとまずふかみちゃんと遊びにいくお金ばぜったいいると。
あと、はじめてのお給料やけん、じいちゃんとばあちゃんと、
お父さんとお母さんとふかみちゃんにも、プレゼント買いたかと」

後者はともかく、一般的に前者は完全に娯楽費だ。
けれどもきっと凪君には、ふかみ君と過ごす時間は、そこに収まらぬものなのだろう。

「あとは、今よりもーちょっと重い木刀もそろそろ試したかとばい。
それと、お給料もらうようになったけん、新しかスニーカーも、自分のお金で買いたかとねー」

雛衣女史から紙と鉛筆をうけとって、凪くんはうんうん考え始める。

「……カードも絶対欲しかとばってん、他のどれも削れんけん……
やけん、最初から使えるお金ば決めて。そいば歯止めにせんといけんとね」

素晴らしい。
この素直さと聡明さとは、実に愛するべきものだ。

「そしたら……えと――、四割!
40%ば、凪さま娯楽費にあてたかとばい!」
「その40%を、30%の娯楽費と、10%の予備費にあてるのはどうだろう」
「予備費ってなにばい?」
「予算を全て使いきって、けれど、急になにか特別な用事――
例えば、そうだな、誰かが凪くんを映画に誘うなどあった場合」
「映画に凪様のこと誘うだなんて、ふかみちゃんくらいしか……
くらい、しか…………」

おや、凪君にも乙女心が芽生え初めているのかもしれない。
これは説明の都合がいい。

「そうした場合、お財布が空っぽなことを理由に誘いを断るのもつまらなくないかな?
そんなつまらなさを回避するための『いざというときのお金』が、予備費だ」
「予備費! とっても大事ばい!!! ならなら凪さま、10%を予備費にすると!!!
ばってん――誰も凪さまのこと誘わんかっったら、予備費、どぎゃんすればよかと?」
「次の収入があるまでに予備費を使い切らないですむなら、幸いなことだ。
余った予備費を次の収入にそのまま足して、さらに余裕を得た資金で、新しく予算を組めるのだからね」
「わおわお! したら、来月の娯楽費ばそのまま増やせちゃうとね!」
「もちろん、そうしてもかまわない」
「そしたらそしたら、この予算で凪さまいくばい!!!
30%分、カードばガンガンひいいていく――あ」

凪くんの目が丸くなる。
なにか、都合の悪いことでも思い出したのか、急にもじもじしはじめる。

「やっぱり凪さま……ええと――ええと――」

ふたたび鉛筆が走り出し、元気いっぱいの数字が踊る。

「やっぱり凪さま、娯楽品は23%にしとくばい!」
「うん? 残りの7%は」
「残りの7%は、凪さま、こいば買っちゃたけん!!!」

凪くんが、ボクの眼の前に小箱を差し出す。
爽やかな水色の包装紙と青いリボンと――
Happy Birthdayのシールが張られた――――っ!!!?

「凪君、これは――」
「見てわからんと? 稀咲ねーちゃんへのプレゼントばい!」

「いや……しかし――
とても――ものすごく嬉しいが、しかし」
「???」

なぜ受け取ってもらえないのか、
三度体ごと小首が傾ぐ。

いや、もちろん受け取る。
ありがたく、とてもありがたく受け取らせていただくのだけれど――

けれども、しかし――それにしたって――

「これは……凪くんが初任給で――
はじめて買ったものが、その――ボクへのプレゼントで」
「だって今日、稀咲ねーちゃんのお誕生日でしょお」

無論、頷く。全力で。

「なら! はいっ!!!」

受け取って――途端ぱあっと、凪君の顔に花が咲く。


「稀咲ねーちゃん! お誕生日おめでとお!!!」


;おしまい

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