2021年ニイロク誕生日記念ショートストーリー 『Happy Birthday Dear ニイロク』（進行豹
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このお話は「まいてつ」共通ルート開始前の、無数に存在した過去のうちのひとつ。
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「検査の結果は今回も同じ。『異常なし』ばい」
「そうですか……」
登呂元技官の診断ならば、疑う余地などありません。
「ただ、まぁ……こん一年。あんたのことを見させてもろーて」
「私──ですか？ ニイロクではなく」
「新しか仮説ばひとつ。思いつくことは思いついたと。
「ぜひ、お伺いさせてください」
新しい仮説。
「ニイロクのロールアウト日に、そのようなお話に触れさせていただけたことも、なにかの導きかと感じます」
「導きねぇ……だとしたら、あんたの信じる神さんも、随分厳しか性格よ」
「ああ──」
耳あたりのよくない話と──これは警告なのでしょう。
「聞かせてください。それがどんなに厳しいお話だとしても、ニイロクの回復につながるならば」
「そんニイロクの回復を──」
じっと、登呂技官が私を見ます。
「──赤井さん。他ならぬあんたが、望んどらんのじゃないか……ゆー、仮説ばい」
「……なるほど。それは──」
ありえません、と言いたい気持ちが沸き起こります、
（ならば、これは──）
もしかしたなら、図星、なのかもしれません。
「……無意識のうちに、的なお話でしょうか？
「そん自覚が、どぎゃん行動につながっとるかね」
「っ！」
指摘にすぐさま、叫び出したいほどの強い否定を感じます。
「定期的に、ご検診を、いただいています」
「『異常なし』いう見立てが出ていて。同じ検診をなお受診する。
「その他には……いえ──しかし」
……ああ、そうなのかと。理性が、理解をはじめます。
防衛反応なのでしょう。
「何もできていないのは、ニイロクさんをさらに傷つけることを恐れるからです。
「そうであるがゆえ、権力闘争から、鉄道から、ニイロクを遠ざけ。
「っ！！？」
「ニイロクが機能回復したら。それが公になったなら。
「…………」
声が、出ません。
「ニイロクは、ありゃあ優秀なレイルロオドよ」
そのことならばわかっています。
「そん優秀なレイルロオドが、外界の全てを遮断して、マスターだけをじっと見ている。
お腹に力をぐいっといれて、息を──吐きます。
「私の、一番の、望みは──」
言葉を出せます。大丈夫。
「私とニイロクが、不健全な共依存関係にあるのなら。
「『なら』。どぎゃんしよると？」
「それを解消することです。
……ニイロクは、本当に優秀なレイルロオドです。
帝鉄からの遺失物──その所有権を私が時効習得するまでの20年。
「ニイロクが私と離れたがるとは思えません。
思考が、言葉が乱れていると感じます。
「そうであるなら、わたしはニイロクと同じ望みを抱きましょう。
言い切って。なにかが離れたと感じます。
「随分と自分勝手な望みに聞こえるばってん」
「っ」
登呂技官は、本当の意味でのレイルロオドの──
私への当たりが厳しくなるのは、無論、当然のことでしょう。
「そん望みが、きっかけになるかもしれんねぇ。あんたがまっこと、ニイロクの回復ば望んどるなら」
「望んでいます──っ！！」
「ん？ どぎゃんしたと」
「ああ、いえ」
ニイロクは私のレイルロオドです。
「私の望みを、ニイロクがもしも汲んでしまうのならば。ニイロク自身の望みというのは」
「なんねいい年したおっさんが！ 思春期か！！！！」
一喝──いいえ、これは、叱咤です。
「そぎゃん問いの答えなんぞは」
「ですね。大変失礼いたしました」
ですから、深々頭を下げます。
「その答えこそ、私とニイロクがふたりで見つけ出さねばならない。
「とは言ったものの……」
自分でもほとほと情けないとは思います。
「ニイロクに、どう切り出せばいいのでしょうか……」
ロールアウト日。記念のケーキを買ってみました。
「これを果たして、きっかけにできるのかどうか……」
包帯をぐるぐる巻きにし、表情を浮かべなくなった顔を隠して、
「あの姿が、私の望んだ結果であるのだとしても……」
安全極まる鳥籠から、ニイロク自身が出たがるかどうかは別問題です。
「っ。いいえ。堂々巡りに逃げるのは今日でおしまいにします。
ニイロクと、ただ会話する。
「……ニイロクには、何の異常もないのですから」
私が凍らせてしまったものを、ほんのわずかでも緩めればいい。
「……五年。十年」
言って、気づいて。背中がヒヤリと寒くなります。
（けれども、私は──
マスターを失った、記録上存在するはずの無い廃レイルロオド。
「ああ……私は、こんなにも明白な危機からも、目を背けつづけていたのですね」
どろりと黒い自嘲には、寝床の中ででも呑まれましょう。
「ニイロク！ 今帰りました」
「…………」
言葉も、反応もありません。
「今日は、ニイロクのロールアウト日ですからね。
ケーキの箱を掲げます。
「必要無い。ロールアウト日だからといって、何が変化するわけでもない」
いいえ、いままさに、変化が発生しています。
（ああ、本当に私は──
自嘲と悔いはすぐ喉元にまでせり上がります。
「そうですか？ いや残念です。とてもかわいいケーキなのですが」
この辺は宮司特権です。
「腕によりをかけていただいて──私のような中年男でも、ときめきを感じる仕上がりです」
すぐには箱を開けません。
「…………」
焦れています。焦れないフリをしています。
（ああ）
ニイロクが──ニイロクさんが、そこ居ます。
（表情ひとつ、動かなくとも──）
こんな簡単な真実に、どうして私は、気づけないままいたのでしょう。
「清春」
「っ！」
……なんて我慢がたりない子でしょう。
「用事がそれだけなら、自分は」
「いいえ、用事はありますとも。この箱を、ニイロクに開けてほしいのです」
「それは、命令？」
「申し訳ないのですが命令です。私も最近、手先にときおり震えがでるようになってしまって」
「清春の命令なら。自分は、従う」
感情は、言葉の代わりに手先に出ます。
「あ」
やはり、感情の乗らぬ声。
けれども、はっきり伝わってきます。
「ありがとう。ニイロク」
──ケーキに興味を示してくれて──
「では、命令ついでにもう一つ。ケーキを一緒に食べてください。
「うん。清春の命令なら」
いいながらもう、口元の包帯を解いています。
「……？ 清春」
「ああ、食べる前に、これを」
ロウソクを点ててごまかします。
「Happy Birthday to you
拍手もなし。歓声もなし。
「ニイロク、ロウソクを吹き消してください。
「吹き消す。覚える。清春の命令だから」
事務的に、淡々と。
「では、いただきましょう。『いただきます』」
「『いただきます』──あむっ」
「！」
“清春の命令”が無くとも食べてくれます！
「──」
フォークが、皿に置かれます。
「……口に合いませんでしたか？」
「──合うも合わないもわからない。味が全くしなかったから」
「そうでしたか」
「清春。用事がすんだなら」
「ええ、休んでください。手伝ってくれてありがとう」
「お礼は不要。自分は、清春のレイルロオドだから」
のろりと、ニイロクが姿を消します。隠れます。
「ですけれど……うん」
泣きたいほどに、甘くて美味しいケーキです。
「ねぇ、ニイロク。ロールアウト日を、これからはこう呼びましょう」
「…………」
返事がないけど、聞いています。
「お誕生日と。今日からは」
実際、お誕生日ですから。
「だから、ね。ニイロク」
言葉にしましょう。伝えましょう。
「お誕生日、おめでとう」
;おしまい
