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右田双鉄の記事 (7)

whisp 2021/10/29 21:05

『わたくしだけの雨傘』 (進行豹

『わたくしだけの雨傘』 進行豹

///


「……ああ」

ざあ、と心地よい音が立ちます。

ぽつ、ぽつ、ぽつ。
何かが肌に触れたかしらとのんきに思っておりましたのは、ほんの数秒前でしたのに――

「まいったな、これは本降りになりそうだ。舞台の雨は、美しいばかりのものであったが」

「双鉄様、どうぞこちらへ。せっかくのお召し物が濡れてしまいます」

「こちらもそちらも大差ないさ。大木とはいえ落ち葉の季節だ。雨を遮る力などたかがしれている」

「……かもしれませぬが」

双鉄様に、雨粒がしたたり落ちて染みになります。
焦りが、どんどん大きくなります。

「濡れてもいいさ。雨降って地、固まるだ。僕とお前は、実際そうしてきたではないか」

「……それも左様でございますが」

たった今観劇してきたばかりの、御一夜鉄道の成功をモチイフにしたという舞台劇。
その劇中に描写されることがあるはずもない――双鉄さまとわたくしだけが知る、ひとつのシイン。

「随分濡れたものだった。あの雨の冷たさと比べたら……」

双鉄様とわたくしと、同じ情景を思っている。
なんとしあわせなことでしょう。

「……寄り添いあえるこの雨宿りには、ぬくもりだけしか感じんさ」

「わたくしもおなじく感じます」

からだも、こころも。
とてもここちよく、ぽかぽかと。

けれど――

「あのときとはお召し物が違います」

「おおげさな、単なる古着だ」

「汰斗様からの下がりものだというお話ではございませぬか」

フロックコオト。

舞台劇の主役のモデル――双鉄様へと届けられた、
記念すべき初演の貴賓席への招待状に応じての観劇に赴くにふさわしい、と。

真闇様がひっぱりだして、日々姫が手づから仕立てなおした、正真正銘の正装です。

「いわば右田の宝のひとつと感じます。おろそかに濡らしてはいけませぬ」

「ご説まことにごもっともだが……まさか降るとは思わなかった。傘も雨具もなにもない。
多少は濡れても、ここでしのぐ他なかろうさ」

いってぼんやり空を見上げて――
その目がすぐに、わたくしを捉え直します。

「ああいや、日々姫なり凪なり呼び出して」

「わたくしが!」

声。
自分でも驚くほどに大きな声がでてしまいました。

この場所に、双鉄様とわたくしだけの思い出の場所に……
たとえ日々姫であるとしたって、立ち入ってほしくはありませぬ。

「わたくしが一走りして雨傘を持ってまいります」

「それはだめだ、ハチロク」

「ご心配なく、双鉄様。わたくしはレイルロオド。風邪をひくなどありえませぬので」

「それはだめだ、すず」

「!」

名を呼んで――
双鉄さまが、わたくしを抱き寄せてくださいます。

少し湿ったフロックコオトのその内に、すっぽり隠してくださいます。

「お前自身が言ったことだぞ。右田の宝を、おろそかに濡らすなどありえんと」

「はい。ですからわたくしが傘をとってまいりましたら」

「最高に価値ある宝が濡れる。少なくとも、僕――右田双鉄にとっての」

「!!?」

「ああ、うん。そうだな。
お前という最高の宝を守るためであるなら、むしろ」

(ふあさっ)

「あっ」

双鉄さまが、フロックコオトを持ち上げて――

「汰斗さんも許してくれるさ。雨傘としては、守れる範囲があまりに狭いが」

「いえ! いえ! いえ!」

なんと光栄なことでしょう。なんと恐れ多いことでしょう。

最高級のフロックコオトを惜しげもなく――わたくしを雨から守るそのためだけに、使ってくださる。

「……とても、もったいないことです」

わかっています。わたくしは今すぐにだって、この雨傘から出るべきなのだと。
わかっていても――けど、どうしても――

「……」

顔が、ほころんでしまいます。
双鉄さまにぎゅっと、ぎゅうっと、体がくっついてしまいます。

「――わたくしだけの、あまがさ」

「ははっ、いいな。今までで拝命したなかで、二番目に喜ばしい役職だ」

「二番目、でございますか?」

「ほう? 一番目をわざわざ言わせたいのか」

「あ!」

にやけが、いやです、とまりません。
わたくしの顔、どれほどゆるんで――あああ、真っ赤になってしまっているのがわかります。

「野暮だな、僕の花嫁は」

傘が、くるんとたたまれて――

「……双鉄さま」

……わたくしの、くちびるだけに、雨が降ります。


;おしまい

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whisp 2021/02/03 22:06

2021年右田双鉄お誕生日祝いショートストーリー 「正解の無い誕生日」(進行豹

こんばんわです! 進行豹でございます!

一日遅れでございますが、昨日は双鉄誕でございました!
めでたい!!!

パッチシナリオ(れいな)書いてて頭から抜けてて何の準備もなかったので、
アンケートとってみましたら
https://twitter.com/sin_kou_hyou/status/1356771355572592641?s=20

「圧倒的ハチロク」でございましたので、ハチロク双鉄でお誕生日お祝いしショートストーリー書きました!

書き始めたら思いもつかない方向にいってしまいましたけれども、これが今年の双鉄とハチロクのお誕生日でございます!

もしよろしければ!!!


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2021年右田双鉄お誕生日祝いショートストーリー
「正解の無い誕生日」 進行豹


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ここのところ、毎年でございますね。
2月の2日。双鉄さまのお誕生日に、真闇さまにも日々姫にも、お泊りの用事ができるのは。

「──うん。」

それだけ信じていただけている。
お二人にも大事な双鉄さまを、1レイルロオドのわたくしに、すっかり預けてくださるほどに。

「飾り付け、よし。クラッカア、よし。ケエキ、よし。プレゼント、よし」

だから、指さし確認します。
そのご期待に背かぬよう。
背かぬことで双鉄さまに──きっと、喜んでいただけますよう。

「お料理も──よし!」

この日のために、たくさん教えていただきました。
オオドブルは小エビのカクテル。
スウプはビシソワアズ。
サラダは水菜と鶏ささみ。
メインディッシュはロオストビイフ!

冷めても美味しくいただける、ご多忙な双鉄さまにぴたりお似合いのメニウです。

「……なのに。……それにいたしましても」

遅すぎます。
お誕生日を二人ですごすそのために、せっかくおやすみをあわせましたのに。

ポーレットさまからのお電話で、
「やっかいごとだ」とお出かけされて、そのまま、いままで……夜八時まで。


「……………………せめて、ご連絡のひとつもいただけましたら」
「すまん、遅くなった」
「双鉄さま!」

お迎えし、ひととき気分が華やいで。
けれどもすぐさましおれかけます。

「……双鉄さま、随分とお疲れのご様子ですが」

「いや──。いや。うん。正直にいえば、少し疲れてしまっている」

「で、ございましょうね。お顔の色が真っ白です。
お食事になさいますか? それともお風呂──あるいは、クマ焼酎でお体の内側をあたためられますか?」

「食事にしたい」

わたくしの肩越しちらりと、双鉄さまが食卓をご覧くださいます。

「たいへん旨そうなご馳走だ。僕のため──路子のためにも、用意してくれたものなのだよな」

「で、ございます」

こんな状況であるというのに、嬉しくなってしまいます。
路子さまのためご用意をした、オレンジジュウスとグラスとに、双鉄さまが気づいてくださったそのことに。

「ならばなおさら、祝の席を楽しみたい。……っ。楽しみたい、のだけれど──」

「双鉄さま?」

「──すまん。感情が乱れているのだ。鎮めて戻ろうとしたのだが、やりきれなさが収まらん」

ほうっと、深く。重い息。

「このままいれば、すず、お前にさえ八つ当たりをしてしまいかねない。
未熟極まり恥ずかしくあるが……それが、今の僕の正直なところだ。ゆえ」

「でしたら、ね? 双鉄さまがお嫌でなければ──」

離れようとする双鉄さまの袖口を、指先だけでつまみます。
双鉄様が動かれるのなら、すぐさまほどかれてしまう強さで。

「どうぞ一緒に。今宵は楽しまず過ごしましょう」

「……」

「双鉄さまとわたくしと──この先[十年二十年'ととせはたとせ]と、時を重ねて参るのですから……」

機能停止が訪れなければ──そんな無粋なひとことは、いまは奥底に沈めおきます。

「お祝いひといろでは無いことも、いつしか振り返り見るのなら、ふたりが重ねる時の絵巻の、よいアクセントになってくれるかと存じます」

「……。すず」

「あ」

ぎゅっと、ぎゅうっと。
双鉄さまが両腕で、わたくしを抱きしめてくださいます。

「双鉄さま……」

呼吸。体温。いつもより濃く香る体臭。
共感以上に、つたわってくるような気がいたします。

「……双鉄さまは、悲しんでいらっしゃるのですね」

「…………。かもしれん。悲しみと、いきどおりと──。申し訳無さも無論ある。もどかしさも。自分に対する情けなさも」

「はい」

「契約ごとが、うまくいかなかっただけなのだ。暗礁に乗りあげかけて、僕に舵取りを委ねられ──
けれど、期待に応えることが叶わなかった。いってしまえば──ただそれだけのことなのだ」

「はい」

「引き継ぎ前は、ふかみが担当の案件だった。ふかみにとって、御一夜鉄道ではじめての、大きな交渉ごとだった。
……順調に進捗しているはずだった。けれども、急に──」

「……」

「だからこそ──ふかみのためにも、なんとしてもまとめてやりたかった」

「左様でしたか……」

「──僕一人のことであれば、失敗してもやりなおせばいい。いつだってそうして来た。
けれど……ふかみのあの落ち込みようは…………」

それは、ふかみさまの問題。
一昔前の双鉄さまなら、そうと割り切ってらっしゃいました。

「だから、僕は──」

変化している。双鉄さまも──恐らくきっと、わたくしも。

「ね、双鉄さま」

正解などはわかりませぬ。
わからないなら、どうすればいいか──双鉄さまが、教えてくださったことをします。

「よろしければ、ね? おねだりをしていただけませんか」

「おねだり?」

「それを今年の、お誕生日のプレゼントに差し上げたいのです。
双鉄さまが厳しく叱ってほしいのでしたらわたくしは、厳しいハチロクをさしあげましょう。
双鉄さまが甘えたいなら、どんな双鉄さまだって、すずは甘やかにお包みしましょう。
……そうして、もしも。双鉄さまが、もしもお一人になられたいなら」

「であれば、すず」

「はい」

「願わくば、いつものお前のままでいてくれ。
僕にあわせるのではなく、お前のありたいお前でいてくれ。
今の僕にとっての最善を──間違えようとなんであろうと、僕にプレゼントしてほしい」

「かしこまりました。双鉄さま」

いつもどおりのわたくしは──いったいどのようなわたくしでしょう。
やはり、正解はわかりませぬ、が──

「でしたら──少し、失礼します」

(ひょいっ)

「!?」

れいなほどではありませんが、双鉄さまのおひとりくらいは簡単に抱きかかえられます。

食卓につけ、ナプキンをお首にまいて──今宵はお酒はよしましょう。
路子さま用のオレンジジュウスを、コップふたつになみなみつぎます。

「どうぞ、乾杯の音頭をお取り下さい。双鉄様」

「乾杯──なんのだ」

「もちろん、路子さまのお誕生日のお祝いの」

「っ!」

「双鉄さまのお誕生日は、そのあとで。
夫婦の床で、ふたりっきりで、双鉄さまを甘やかしながらお祝いしましょう」

「ああ」

一瞬目を閉じ、お口のなかで何かを小さくつぶやかれ。
そうして高らかに双鉄さまは、グラスをかかげてくださいます。

「ハチロク。路子の誕生祝いを用意してくれてありがとう」

「当然のことでございます。[双鉄様'マイマスター]」

「では、乾杯の音頭を取ろう」

「喜んでご唱和いたします」

真水のグラスを手にとって、双鉄さまにならって小さくかかげます。

「路子。お誕生日おめでとう。いつも見守ってくれていてありがとう。
おかげで僕は、今年もこの日を迎えることができた」

双鉄様です。いつもどおりの。

(あるいはご無理をもしかして、強いてしまっているのかもしれません……)

けれども。そうであるとして。
路子様のお誕生日をもしもお祝いしなければ、その傷の方がより深く、双鉄さまを苛まれるかと、わたくしは──

「ハチロク、なにをぼーっとしている。乾杯だ」

「あ!? もうしわけございません」

「晴れの日に詫びは無粋だ。唱和してくれ。路子と僕のお誕生日に──『乾杯』」

「『乾杯!』」

オレンジジュウスを一気に飲まれ、メインディッシュを──ロオストビイフを双鉄さまはお切りになられて──

「ハチロク、お前も、ほら」

バスケットから瀝青炭を、わたくしの皿にも取ってくれます。

「ありがとうございます、双鉄様」

「ならば食べよう。いただきます」

「いただきます」

「あむっ──ん──うん! うまい!!!」

「うふふっ、うれしうございます」


うれしい。とても。

正解はお前が決めろと──わたくしをご信頼くださって。
出した答えを大切に、真剣に扱ってくださって。

「ですから、ね? 双鉄様」

「うむ? なんだ、ハチロク」

「お誕生会のそのあとは。路子さまがおやすみになり、わたくしたちが、夫婦に戻ったそのあとは」

回路の向こう。タブレットの一番ふかいところ。
もしもわたくしにこころが存在しているのなら、その奥底から願います。

「双鉄さまのお誕生日を、あらためて。どうか、このすずにお祝いさせてくださいましね?」

「!」

お食事の手がとまります。
頼もしいほどの笑顔がくにゃりと、優しげな──悲しげなものにかわります。

「……ありがとう、すず。ぜひ、そうしてくれ」

「はい、双鉄さま」

正解なぞはわかりませぬ。
答えも与えていただけませぬ。

それでも双鉄さまが望まれるなら、すずはすずなりにお応えしましょう。

「今日のこの日が少しでも、貴方の喜びになりますように──全力で」


;おしまい

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whisp 2020/03/26 23:56

『残り5分のバースデー』2020れいな誕記念書き下ろしSS(進行豹

『残り5分のバースデー』

2020/03/26 れいな誕生日記念書き下ろしショートストーリー 進行豹

///


「雛衣市長、避難指示は『勧告』で本当によろしいのですか」
「土砂崩れが予想される地域には勧告でお願いします。空振りになった場合の責任は全てわたしが取ります」
「雛衣市長、湯医町長から『排水機を停止する検討を勧めている』との連絡が」
「湯医ダムの決壊よりは遥かにマシです。ご決断を尊重すること、また、排水機停止にともなう損害に対する支援はできるだけ行うことを返信しておいてください」
「雛衣市長。住民とマスコミからの問い合わせ対応で業務に支障がではじめています」
「問い合わせの電話を全て総務課に集約させるようにしてください。臨時コールセンターとして機能させ、各課から1名ずつの応援をだすように手配してください」
「雛衣市長、ゴルフコース付近の線路で水が吹き出し始めたとの報告が」
「御一夜鉄道の保線部に対応準備を命じてあります。すぐにそちら対応するよう連絡してください」
「雛衣市長
「雛衣市長」
「雛衣市長」
「雛衣市長」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「雛衣市長――ポーレット! ポーレット!!!」
「えっ!? あっ――双鉄くん、いま、わたしっ!!?」
「寝落ちていたようだな。無理もない。ようやく窮地を脱したのだ。緩むなという方が酷だろう」
「あ……」

双鉄くんの声。
低く落ち着いた甘い声。
それがじんわり、疲労しきって綿みたいになったスカスカの体に染みてくる。

現場責任者として土砂災害の警戒・対応にあたってくれてた双鉄くん。
その彼が、ここに、庁舎に、戻ってこれてるということは……

「終わったんだぁ……」

こぼれた言葉が、実感になる。
各所からうけてた報告が、ようやく現実になって固まる。
じわじわ、体にぬくもりが――感情が戻ってくるのがわかる。

「台風被害……想定されてたよりずっと――ずうっと小さく抑えられたよね?」
「うむ。夜が明けてみないと確定的なことはいえんが、おそらくは。
ポーレットが市長として、その責を果たしてくれたおかげと、僕は感じている」
「ううん。わたしなんて、全然。なんにも。
双鉄くんたち、みんなががんばってくれたおかげ。本当に」
「みんなを迷いなくがんばらせてくれることこそが、リーダーの最大の責務だ。
ポーレットは間違いなくそれを果たした。謙遜することはない」
「双鉄くん……」

うれしい。とってもホっとする。
ここが庁舎でなかったら、抱きついて甘えまくりたいほど。

「夜明けまでは、もうできることも少なかろう。
あとは僕が引き受ける。
ポーレットはすぐに帰宅して、休息をとってくれ。
それはポーレットにしかできない、いまなによりも大事な仕事だ」

「わたくしにしかできない――――っ!!!!!」

いけない、休憩もだけどもうひとつ、絶対、今日しかできないことが――
今なら……うん! ぎりぎり間に合う!!!!

「わかった。ありがと。双鉄くん。
けど、なにかあったらすぐに連絡してね」

「無論だ。そのときには間違いなく。
ゆえ、連絡があるまではともかくも休んでほしい。
お城橋のところにナビを着水させてある。つかってくれ」

「……なにからなにまで、本当にありがとう」

けど、だけど。
休憩にはいるその前にどうしてもひとつだけ。

っていうか、しないままいたら、わたし絶対、こころが少しも休まらないから――

(がちゃっ)

「ただいま! れいな」
「あ! おかえりなさぁい、ポーレット」

玄関をあけるやいなやで、れいながぽてぽてにこにこと、かわいくお出迎えをしてくれる。
普段だったらとっくに熟睡している時間――ほとんど日付がかわりかけてる、真夜中であるにもかかわらず。

「おしごとおつかれさまでしたぁ。
たいふう、ものすごかったですねぇ」
「うん。けどね、人的被害はいまのところは報告ゼロなの。
みんなが頑張ってくれたおかげで――多分、誰もケガをしないで、台風、やりすごせたみたい」
「わあああ! それはよかったですねぇ! おめでとうですぅ、ぽーれっと――ひゃっ!!?」

抱きしめている。ぎゅって、ぎゅううって、れいなを笑顔、全部ごと。

「ポーレットぉ。どうしたんですかぁ」
「おめでとうは、れいなの方」

時計を見る。神経質って自分がイヤになっちゃうけれど、どうしても確認してしまう。
まだ、23:55。ほんと、ギリギリ。でも、間に合った。

「れいな、お誕生日おめでとう」
「わ、わ、わああああああああ!!」

抱きしめている腕の中が、ぽかーってしあわせなぬくもりに満ちる。
腕を少しだけゆるめれば

「ありがとうですぅ、ポーレットぉ」

しあわせの色にほっぺを染めたれいなが抱きついてきてくれる。
こんなに喜んでもらえてすごくしあわせで……だからその分、申し訳なくて。

「本当はね? プレゼントも予約してあったの。
昨日受け取りにいくはずだったのに、台風の急な進路変更で、庁舎からでれなくなっちゃって」

「わああああい! プレゼントももらえるんですねぇ。
れいな、とーっても楽しみですよぉ。ポーレットがだいじょうぶになったら、えへへぇ。
れいなもいっしょに、うけとりにいきたいでぇす」

わたしの申し訳無さを、れいなの笑顔が溶かしてくれる。
どうしようもなかった失敗さえも、れいなの笑顔は、新しい楽しみに塗り替えてくれる。

「うん。そうね。そうしましょう。
明日……はまだ無理かもだけど、落ち着きしだいで、ふたり、いっしょに」

「えっへへー、やくそくですよぉ」

「うん、約束――(ぐ~~~~~っ)――はうっ!?////」

指切りしようとした瞬間に、お腹がめちゃくちゃ大きな音でなっちゃった。

「あ! ポーレット、おなかがすいてるんですかぁ!?
あうあう、れいなお料理とかできればよかったんですけどぉ」

「!!!」

なら、うん。
わたしもれいなに、おんなじことをしてあげよう。

れいなが感じてくれている、申し訳ないって気持ちを笑顔で! 新しい楽しみに塗り替えちゃおう!!

「ね? れいな、わたし、れいなにお願いがあるんだけど」

「はい、なんですかぁ、ポーレット」

材料はもちろん揃ってる。
一人でやって、サプライズするつもりで、きっちり準備しておいたから。

「バースデーケーキ、わたしと一緒につくってくれない? 甘くておいしい、シロップづけのいちごをたっぷり」

「わああああああああ! れいな、つくりたいですう!!!!」

「うん! じゃあ、つくろう!!!」

「はあい! れいな、エプロンとってきますねぇ」

ぱたぱたぱた。
天使の羽ばたきみたいなれいなの足音が、ぴたっととまってわたしに振り向く。

「ポーレットぉ! さいっこーのお誕生日プレゼント! れいな、とってもうれしいですよぉ!!!」

;おしまい

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whisp 2020/02/14 19:27

【2020バレンタイン記念SS】 「ナビのはじめてのバレンタイン」 (進行豹

「ううむ」

……2月であるのに、少し暑い。
汗と同時に、自然と言葉が吹き出してくる。

「ナビ、キャノピーを開けてもかまわんか?」

「いいえ、双鉄様。もう5~10分ほど、どうか、我慢してください」

「うむ?」

ナビの言には、常に相応以上の理由がある。
ゆえ従うことに異議は無い。

無いのだけれど……

「5~10分とは、どういうことだ?
かなり曖昧で、ナビにしてはめずらしい物言いのような気がするが」

「気象に関わることですので、範囲を狭めての予測が困難となるためです」

「ああ」

確かに今日の気象は2月離れをしている。
陽が射していた午前中には、コートが邪魔でしかたなかったし……

「午後になって出てきた雲も、暑さを助長しているよな」

「はい。あたたまった地表の空気の蓋として作用しています。ナビの飛行にも助けとなります」

「ならなによりだ。が、どこからどうみても雨雲でもある。これは夜半には崩れそうだ――なっ?!」

あがる。高度が。ぐんぐんあがる。
というかこれは――

「ナビ。このままだと雨雲に突っ込むぞ」

「はい。ですのでキャノピーを閉めておいていただきました」

「レールショップに戻るのだぞ? こんなに高度をあげる必要はないだろう」

「はい。レールショップに戻るためには、ここまでの高度は必要ありません」

「ではなぜ」

「双鉄様への感謝と親愛を示すためには、この高度と航路と、いくばくかの幸運が必要なのです」

「幸運?」

これこそナビに似合わぬ言葉だ。
一瞬脳がざわめくほどの混乱を覚えかけてしまうが――

「……ならば、僕も祈ろう。ナビに幸運が訪れるよう」

「ありがとうございます。双鉄様」

いつもとまったく変わらぬ声音。
ある意味祖先であるはずのハチロクれいなと比べれば、まったく感情を感じぬ電子合成音。

ではあるのだが、なぜだか今は――

「む」

「雨雲の中に入ります」

「う……うむ――」

無論、エアクラ機内にあれば、雨の被害は免れる。
が、そうはいってもナビは雨中を好まない。

あるいはそれは、はるか昔のあの雨の事故――
僕の古傷を慮ってのことであろうかとも思っていたが……

「うおっ!!?」

視界が一瞬白熱する。
ひやりと冷えた体温が、すぐにふつふつ湧き上がる。

見慣れぬ景色に興奮している。
雨雲の中とは――こういうものか。

「見たか、ナビ。いま稲光が真横に、水平に走っていったぞ」

「双鉄さまが稲光をご覧になられたことを確認できました。これより、最適航路に復帰します」

「んん???」

ぐんぐん高度が落ちていく。
雲を抜ける。
わけがわからん。

最適航路に復帰する……ということであれば、今の雨雲への突入は――

「なぁナビ」

「ポーレット様が、きっとご解説くださるかと」

「う? うむ」

僕の質問を遮って――というかおそらく先回りして、ナビが答えを返してくれる。

ならば……うむ。
素直にそれに従おう。


////////////////////////////////////////


「……と、いうことがあったのだが」

「あーーーーーー」

大きく、深く、ポーレットが頷く。
2度、3度。桜色の唇がもごもごうごき――やがて、どこか慎重そうなトーンの言葉が流れ出す。

「稲光って、フランク語でなんていうか、知ってます?」

「フランク語で? …………いや、残念だがまったくわからぬ」

「éclair」

きっぱりと。まるで教師のような口調。
意識もせぬうち、オウム返しが口をつく。

「えくれーる」

「はい。稲光はフランク語でéclairです。
日ノ本語でも、とっても近い発音のお菓子ありますよね?」

「えくれー……ああ、エクレアか?」

「です」

ふっと、一瞬笑った瞳が、すぐに真剣なものとなる。


「éclairがあのお菓子の名前になった由来については諸説あるんですけど……
éclairそのものに共通した特徴には、ほぼ絶対的なものがありますよね?」

「エクレアそのものに共通した特徴……」

ポーレットが僕をじっと見ている。
答えに自力でたどり着くよう、促している。

「……細長く。中にクリームが入っていて。チョコレートでコーティン」

「はい。で、今日はいったい何の日ですか?」

「無論、今日はバレンタイン――――あ!!!!」

“感謝と親愛を示すため”……確かにナビは言っていた。

「そうか――ナビは……」

ナビにあるのはあまりに不器用な、空を飛ぶための身体だけ。
チョコレートを作るどころか、買うことさえも叶わない。

であるというのに、おそらくは――
関連情報を検索し、実現可能性を検討し――

「ナビは、僕にバレンタインのチョコを送ってくれたのか!」


;おしまい

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whisp 2020/02/02 22:13

2020年 双鉄&路子お誕生日お祝いSS『双鉄様のお誕生日』(進行豹

2020年 双鉄&路子お誕生日お祝いSS『双鉄様のお誕生日』 進行豹

///

「どしたのハチロク?」

日々姫は無邪気にはしゃいでおります。
台所でごちそうをつくってらっしゃる、真闇様も同じくらいに浮き立たれているご様子でした。


いえ、お二人の立場でしたら、こころのそこからはしゃぎ、寿ぐ。そうしないほうがおかしいでしょう。
けれど、けれどもわたくしは――

「あ……ひょっとしてだけどハチロク。『資格』みたいなこと気にしちゃっとーと?」
「!!!?」

日々姫の言葉に驚かされて顔を跳ね上げたその瞬間、日々姫は逆にわずかにうつむいてしまいます。

「あー、やっぱりかー。やっぱりねー。
そぎゃんよね。そぎゃん、思わんわけがなかとよね」

「あ」

日々姫が、わたくしの気がかりを言い当てた。
それは、つまりは――おそらくは。

「日々姫も……同じことを思い悩んでいるのですか? 明るくふるまう、その裏側で」

「あ、ううん。私のは、現在形じゃなくって過去形」

「過去形」

ふっと、日々姫の目が和らぎます。
わたくしのことを見つめつつ――わたくしごしに遠い何かを……おそらく、過去を見つめます。

「あの頃は――にぃにが私のにぃにになってくれたばっかりの頃は、私、ちいちゃかったけん。
今ではとても……大人にはなかなか聞けんようなことも、ね? 素直に甘えて、聞けたんよ」」

「幼いがゆえに、聞けたこと」

ああ、でしたらやはり、そうなのでしょう。
かつての日々姫。ちいさな日々姫も、いまのわたくしと同じ悩みを――

「『にぃにぃのお誕生日。ひーちゃんお祝いしてよかと?』って
『お誕生日で、2月2日でにぃにぃの日やけん。ひーちゃんお祝いしたかとよー』って」

「……左様、ですよね。だって、双鉄様のお誕生日は……」

「うん。路子ちゃん――小さな頃に亡くなっちゃった、にぃにの双子の妹さんの、お誕生日でもあるけんね」

「左様です。その上……そのうえ、路子さまは――」

言葉が止まってしまいます。
発声するよう出す指示に、けれども喉が――

「だからこそ。僕は祝ってほしい」

「にぃに!?」「双鉄様っ!?」

いつから、わたしたちの話をお聞きになられていたのでしょうか?
ふすまを開けて双鉄様は――ああ、穏やかな目で日々姫を見ます。

「日々姫には、遠い昔におんなじことを聞かれたな」

「うん」

双鉄様と、日々姫の時間。
わたくしが知らない、二人が積み重ねてきた時間。

そこにわたくしは、どうやったって触れ得ない……
当然のことに決まってますのに、回路にちりり、原因不明の負荷が生じてしまいます。

「そのとき、僕はなんと答えた?」

「『祝われる資格は僕にはないが、それでも、どうか祝ってほしい』って」

「そうだったか」

「って、にぃに、覚えてなかと!!?」

「祝ってほしいと絞り出したことは覚えている。けれど――」

双鉄様の微笑みに、雲がかかってしまいます。

「――あの当時は、本当に――無理くり絞り出しただけだったのだ。
今の僕が考えるなら、とても愚かしく傲慢なこととはわかるのだけれども……」

「『右田家の人が祝いたいといってくれるなら、それを受け入れるのも僕の責務だ』みたいな感じに?」

「っ!!?」

日々姫に今度は双鉄様が、驚かされたご様子です。
やっぱりね、と、日々姫は小さく笑います。
とても自然に、とても綺麗に――いつもより大人びてみえる横顔で。

「けど、ね? にぃに」
「だな」

言葉にならない――いえ、言葉にしない。言葉を発する必要もない、ふたりの会話。
双鉄様と日々姫の間に、共感めいたなにかがあると感じます。

共感ほどに便利ではなく、多くを伝えることも叶わず。
けれどもきっと共感よりも、深くて強い、静かな何かが。

「いまの僕には、当時の僕が頑なで哀れで愚かと感じる。
そう感じることができるほど――」

双鉄様が、ぐるりとあたりを見回します。
右田の家を。この居間を。懐かしそうに、愛おしそうに。

「……僕は、愛情を注いでもらった。
自分自身の存在価値を、ふたたび信じられるほど――
愛情を、信頼を寄せてもらって……僕は、右田の家族になった」

「うん」

「とっくのとうに許してもらえていた場所に――
ようやく僕は、自分の意思で、望んで立った」

「うんっ!!!」

ああ、なんと嬉しそうな頷きでしょう。
満面の笑みを浮かべる日々姫を、双鉄様はにこやかに見つめ――っ!!?

「双鉄、様?」

双鉄様が視線を移し、わたくしを見つめてくださいます。
雲を払った、あたたかなまなざしでわたくしを見て――
その手が伸びて――

「あ」

帽子の上からぽんぽんと、わたくしを撫ぜてくださいます。

「そうしてハチロクを僕たちの家族と迎えたあの日。
はにかむハチロクを見た瞬間に、理解したのだ」

「……何を、ご理解されたのでしょう?」

日々姫はもう、答えをわかっているのでしょうか?
共感めいたなにかが再び、双鉄様と日々姫を結んでいるのでしょうか?

日々姫はただ、笑顔でわたくしたちを見つめるばかりで――
なのに、とても不思議なことに。原因不明の回路の負荷を、今度は少しも感じません。

「僕に家族が増えるなら。路子にも――父さんにも、母さんにも――新しい家族が増えるのだと」

「!」

家族――家族。
レイルロオドであるわたくしが、いただけるはずもなかった絆。

わたくしが与えてしまった災いでさえ、断ち切ることなく繋がれている――

「やけんね、ハチロク! にぃにと路子ちゃんとのお誕生日を、私は全身全霊で、思いっきりにお祝いしたかと!!」

「――はい」

ぐちゃぐちゃに混乱しかけた思考をぐいと、日々姫の言葉が牽いてくれます。
ああ、左様です。考えるのは、悩むのは、いつでも、一人でもできることです。

ですからいまは、回路よりもっと深いところから――
タブレットの奥底から湧き出すようなこの感情に、ただただ素直に従いましょう。

「……」
「……」

日々姫と自然、視線が合います。頷きあいます。
声が、想いが重なります。


「にぃにぃ! お誕生日!!!! おめでとう!!!!!!」
「双鉄様!! お誕生日!!!! おめでとうございます!!!!!!」

あらら、ぴたりとはいきません。
けれど――けれども――破顔一笑!

双鉄様のお顔がしあわせにとろけます。

「うん! ありがとう!」


;おしまい

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