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whisp 2021/02/07 23:35

2021ニイロク誕記念ショートストーリー『Happy Birthday Dear ニイロク』(進行豹

2021年ニイロク誕生日記念ショートストーリー 『Happy Birthday Dear ニイロク』(進行豹

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このお話は「まいてつ」共通ルート開始前の、無数に存在した過去のうちのひとつ。
右田双鉄の物語が物語られる以前の御一夜での、赤井宮司とニイロクの、2/6のお話です。

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「検査の結果は今回も同じ。『異常なし』ばい」

「そうですか……」

登呂元技官の診断ならば、疑う余地などありません。
けれど、こう──こうも毎年、同じことばかり繰り返すのは……

「ただ、まぁ……こん一年。あんたのことを見させてもろーて」

「私──ですか? ニイロクではなく」

「新しか仮説ばひとつ。思いつくことは思いついたと。
まぁ、専門分野の外になるけん、素人の思いつきにすぎんけれども」

「ぜひ、お伺いさせてください」

新しい仮説。
それがもし有意と思えるものならば、ニイロクへのいいプレゼントになります。

「ニイロクのロールアウト日に、そのようなお話に触れさせていただけたことも、なにかの導きかと感じます」

「導きねぇ……だとしたら、あんたの信じる神さんも、随分厳しか性格よ」

「ああ──」

耳あたりのよくない話と──これは警告なのでしょう。
ですが、そうであるならなおのこと──

「聞かせてください。それがどんなに厳しいお話だとしても、ニイロクの回復につながるならば」

「そんニイロクの回復を──」

じっと、登呂技官が私を見ます。
……目を逸したくなるほどの、強い圧力を感じます。

「──赤井さん。他ならぬあんたが、望んどらんのじゃないか……ゆー、仮説ばい」

「……なるほど。それは──」

ありえません、と言いたい気持ちが沸き起こります、
自分でも驚くほどの激しさで。

(ならば、これは──)

もしかしたなら、図星、なのかもしれません。
だから焦らず、丁寧に言葉を選びます。

「……無意識のうちに、的なお話でしょうか?
私は、私の自覚としては、ニイロクの回復を真摯に望んでいるのですが」

「そん自覚が、どぎゃん行動につながっとるかね」

「っ!」

指摘にすぐさま、叫び出したいほどの強い否定を感じます。
でしたらやはり──いえ、答えを焦ってはいけません。

「定期的に、ご検診を、いただいています」

「『異常なし』いう見立てが出ていて。同じ検診をなお受診する。
そん他に、具体的に、ニイロクの回復のためにしていることは? なんね?」

「その他には……いえ──しかし」

……ああ、そうなのかと。理性が、理解をはじめます。

防衛反応なのでしょう。
口はべらべら、弁解をまくし立てますが。

「何もできていないのは、ニイロクさんをさらに傷つけることを恐れるからです。
私の若さと愚かさが、ニイロクさんを追い込んで、取り返しのつかない傷を負わせてしまったがゆえ」

「そうであるがゆえ、権力闘争から、鉄道から、ニイロクを遠ざけ。
自分ひとりの宝箱の中にしまいこむことに成功した」

「っ!!?」

「ニイロクが機能回復したら。それが公になったなら。
──どぎゃんこつになるか。赤井さん。あんたはそれを、恐れとるんと違うかね」

「…………」

声が、出ません。
ツバが湧き出て、無理に飲み込み──飲み込んだのに、喉の乾きを感じます。

「ニイロクは、ありゃあ優秀なレイルロオドよ」

そのことならばわかっています。
私が、一番、誰よりも。

「そん優秀なレイルロオドが、外界の全てを遮断して、マスターだけをじっと見ている。
じいっと見てりゃあ、わかろーもんよ。あんたが本当は、何を一番望んどるのか」

お腹に力をぐいっといれて、息を──吐きます。
そこになんとか、意思を混ぜ込み、言葉にします。

「私の、一番の、望みは──」

言葉を出せます。大丈夫。
自らの過ちに気づいたのなら、それを正していくのみです。

「私とニイロクが、不健全な共依存関係にあるのなら。
私の望みがニイロクを、閉じ込めてしまっているのなら」

「『なら』。どぎゃんしよると?」

「それを解消することです。
解消をして、ニイロクに自由を与え、そのうえで有りたい形を選択してもらう」

……ニイロクは、本当に優秀なレイルロオドです。

帝鉄からの遺失物──その所有権を私が時効習得するまでの20年。
じっと隠れて暮らすことを、あるいは変わらず、望んでくれるかもしれません。が──

「ニイロクが私と離れたがるとは思えません。
けれどその上で、ニイロクが再びの鉄路を望むこともまた、ありえるでしょう」

思考が、言葉が乱れていると感じます。
けれども一気に吐き出さなければこの毒は、独占欲は──
もっと巧みに私を騙すと、はっきり自覚できています。

「そうであるなら、わたしはニイロクと同じ望みを抱きましょう。
全ての罪を贖い、その上で、再びニイロクと共に走ることを望みます」

言い切って。なにかが離れたと感じます。
それは恐らく

「随分と自分勝手な望みに聞こえるばってん」

「っ」

登呂技官は、本当の意味でのレイルロオドの──
レイルロオドという存在全体の、味方です。

私への当たりが厳しくなるのは、無論、当然のことでしょう。

「そん望みが、きっかけになるかもしれんねぇ。あんたがまっこと、ニイロクの回復ば望んどるなら」

「望んでいます──っ!!」

「ん? どぎゃんしたと」

「ああ、いえ」

ニイロクは私のレイルロオドです。
極めて優秀で忠実な……言葉にしない私の望みも、汲んで叶えてしまうほどの。

「私の望みを、ニイロクがもしも汲んでしまうのならば。ニイロク自身の望みというのは」

「なんねいい年したおっさんが! 思春期か!!!!」

一喝──いいえ、これは、叱咤です。
大人になって、宮司になってはじめて私は──怒鳴りつけられ、叱られている。

「そぎゃん問いの答えなんぞは」

「ですね。大変失礼いたしました」

ですから、深々頭を下げます。
謝罪ではなく、感謝をこめて。

「その答えこそ、私とニイロクがふたりで見つけ出さねばならない。
──私とニイロクの中にしかないものでした」




「とは言ったものの……」

自分でもほとほと情けないとは思います。
けれどもやはり、惑います。

「ニイロクに、どう切り出せばいいのでしょうか……」

ロールアウト日。記念のケーキを買ってみました。
最新型のニイロクの、好物のひとつであった、ショートケーキを。

「これを果たして、きっかけにできるのかどうか……」

包帯をぐるぐる巻きにし、表情を浮かべなくなった顔を隠して、
外界の全てを遮断している、今のニイロク──

「あの姿が、私の望んだ結果であるのだとしても……」

安全極まる鳥籠から、ニイロク自身が出たがるかどうかは別問題です。
いや、私とて──本当に出したいのかどうなのか……

「っ。いいえ。堂々巡りに逃げるのは今日でおしまいにします。
だからこそ、話し合う必要があるのですから」

ニイロクと、ただ会話する。
決まりきったやりとりではなく、新しい刺激を、言葉をぶつける。

「……ニイロクには、何の異常もないのですから」

私が凍らせてしまったものを、ほんのわずかでも緩めればいい。
五年、十年──その先に、機能を少しでも戻せればいい。

「……五年。十年」

言って、気づいて。背中がヒヤリと寒くなります。
五年、十年。ニイロクはまだ、全く余裕で稼働を続けることでしょう。

(けれども、私は──
そんな近くの未来にさえ、何の保障もないままに……)

マスターを失った、記録上存在するはずの無い廃レイルロオド。
その末路など、想像したくもありません。

「ああ……私は、こんなにも明白な危機からも、目を背けつづけていたのですね」

どろりと黒い自嘲には、寝床の中ででも呑まれましょう。
いまは、とにかく、ニイロクと──うん。

「ニイロク! 今帰りました」

「…………」

言葉も、反応もありません。
けれども気配は感じます。ニイロクは、私をじいっと見ています。

「今日は、ニイロクのロールアウト日ですからね。
何年ぶりになりますかねぇ。ケーキ屋さんに、立ち寄ってみたりしたんですよ」

ケーキの箱を掲げます。
のろり、影が動きます。

「必要無い。ロールアウト日だからといって、何が変化するわけでもない」

いいえ、いままさに、変化が発生しています。
こんなにあっけなく、簡単に──

(ああ、本当に私は──
私のエゴが、これほど長くニイロクを)

自嘲と悔いはすぐ喉元にまでせり上がります。
けれども今は、強引に何度でも飲みくだします。

「そうですか? いや残念です。とてもかわいいケーキなのですが」

この辺は宮司特権です。
急なお願いであったとしても、極めてありがたいことに氏子さんは必ず答えてくれます。

「腕によりをかけていただいて──私のような中年男でも、ときめきを感じる仕上がりです」

すぐには箱を開けません。
ニイロクに本当に、何の異常もないのなら。その本質に、一切変化がないのなら──

「…………」

焦れています。焦れないフリをしています。
みえみえなのに、懸命に──

(ああ)

ニイロクが──ニイロクさんが、そこ居ます。
あのころと少しも変わらずに、ずっと、ずうっと居たのです。

(表情ひとつ、動かなくとも──)

こんな簡単な真実に、どうして私は、気づけないままいたのでしょう。
保身のために、どれほど冷たい仮面を私は、ニイロクさんに押し付けて──

「清春」

「っ!」

……なんて我慢がたりない子でしょう。
最新鋭の試作機で、甘やかされて愛されて……
ああ、だからこそ、これほどまでに愛おしい。

「用事がそれだけなら、自分は」

「いいえ、用事はありますとも。この箱を、ニイロクに開けてほしいのです」

「それは、命令?」

「申し訳ないのですが命令です。私も最近、手先にときおり震えがでるようになってしまって」

「清春の命令なら。自分は、従う」

感情は、言葉の代わりに手先に出ます。
うきうきと、ニイロクの指先は軽やかに器用にリボンを解いて包みを開けて──

「あ」

やはり、感情の乗らぬ声。
包帯の下の表情にも、恐らく変化はないのでしょう。

けれども、はっきり伝わってきます。

「ありがとう。ニイロク」

──ケーキに興味を示してくれて──
後半部分の言葉を飲み込み、代わりの言葉を重ねます。

「では、命令ついでにもう一つ。ケーキを一緒に食べてください。
こういうものは、一人で食べても味気ないですからね」

「うん。清春の命令なら」

いいながらもう、口元の包帯を解いています。
なんとかわいらしいことでしょう。
ニイロクは、ニイロクさんは……本当に、少しも変わっていなかった。

「……? 清春」

「ああ、食べる前に、これを」

ロウソクを点ててごまかします。
歌に自信などありませんが、嗚咽を聞かせるよりマシでしょう。

「Happy Birthday to you
Happy Birthday to you
Happy Birthday Dear ニイロク~
 Happy Birthday to you」

拍手もなし。歓声もなし。
ニイロクは、ロウソクを吹き消そうとも──ああ、いいえ。

「ニイロク、ロウソクを吹き消してください。
それが主賓のマナーです。覚えておいてくださいね」

「吹き消す。覚える。清春の命令だから」

事務的に、淡々と。
ロウソクが吹き消されたケーキから、たっぷりとした二切れを切り出します。

「では、いただきましょう。『いただきます』」

「『いただきます』──あむっ」

「!」

“清春の命令”が無くとも食べてくれます!
でしたら、これは、この動作だけは間違いなく、ニイロク自身の──
っ!!?

「──」

フォークが、皿に置かれます。
手際よく、ニイロクが再び口に包帯を巻いていきます。

「……口に合いませんでしたか?」

「──合うも合わないもわからない。味が全くしなかったから」

「そうでしたか」

「清春。用事がすんだなら」

「ええ、休んでください。手伝ってくれてありがとう」

「お礼は不要。自分は、清春のレイルロオドだから」

のろりと、ニイロクが姿を消します。隠れます。
居心地のいい鳥かごの中に、自らこもってしまいます。

「ですけれど……うん」

泣きたいほどに、甘くて美味しいケーキです。
今日の記念日にふさわしい──ああ。

「ねぇ、ニイロク。ロールアウト日を、これからはこう呼びましょう」

「…………」

返事がないけど、聞いています。
興味をもってくれています。

「お誕生日と。今日からは」

実際、お誕生日ですから。
ニイロクと、私と。ふたりの、再びのこれからの。

「だから、ね。ニイロク」

言葉にしましょう。伝えましょう。
祝福だけを、響きの中に閉じ込めて。

「お誕生日、おめでとう」

;おしまい

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whisp 2021/02/03 22:06

2021年右田双鉄お誕生日祝いショートストーリー 「正解の無い誕生日」(進行豹

こんばんわです! 進行豹でございます!

一日遅れでございますが、昨日は双鉄誕でございました!
めでたい!!!

パッチシナリオ(れいな)書いてて頭から抜けてて何の準備もなかったので、
アンケートとってみましたら
https://twitter.com/sin_kou_hyou/status/1356771355572592641?s=20

「圧倒的ハチロク」でございましたので、ハチロク双鉄でお誕生日お祝いしショートストーリー書きました!

書き始めたら思いもつかない方向にいってしまいましたけれども、これが今年の双鉄とハチロクのお誕生日でございます!

もしよろしければ!!!


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2021年右田双鉄お誕生日祝いショートストーリー
「正解の無い誕生日」 進行豹


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ここのところ、毎年でございますね。
2月の2日。双鉄さまのお誕生日に、真闇さまにも日々姫にも、お泊りの用事ができるのは。

「──うん。」

それだけ信じていただけている。
お二人にも大事な双鉄さまを、1レイルロオドのわたくしに、すっかり預けてくださるほどに。

「飾り付け、よし。クラッカア、よし。ケエキ、よし。プレゼント、よし」

だから、指さし確認します。
そのご期待に背かぬよう。
背かぬことで双鉄さまに──きっと、喜んでいただけますよう。

「お料理も──よし!」

この日のために、たくさん教えていただきました。
オオドブルは小エビのカクテル。
スウプはビシソワアズ。
サラダは水菜と鶏ささみ。
メインディッシュはロオストビイフ!

冷めても美味しくいただける、ご多忙な双鉄さまにぴたりお似合いのメニウです。

「……なのに。……それにいたしましても」

遅すぎます。
お誕生日を二人ですごすそのために、せっかくおやすみをあわせましたのに。

ポーレットさまからのお電話で、
「やっかいごとだ」とお出かけされて、そのまま、いままで……夜八時まで。


「……………………せめて、ご連絡のひとつもいただけましたら」
「すまん、遅くなった」
「双鉄さま!」

お迎えし、ひととき気分が華やいで。
けれどもすぐさましおれかけます。

「……双鉄さま、随分とお疲れのご様子ですが」

「いや──。いや。うん。正直にいえば、少し疲れてしまっている」

「で、ございましょうね。お顔の色が真っ白です。
お食事になさいますか? それともお風呂──あるいは、クマ焼酎でお体の内側をあたためられますか?」

「食事にしたい」

わたくしの肩越しちらりと、双鉄さまが食卓をご覧くださいます。

「たいへん旨そうなご馳走だ。僕のため──路子のためにも、用意してくれたものなのだよな」

「で、ございます」

こんな状況であるというのに、嬉しくなってしまいます。
路子さまのためご用意をした、オレンジジュウスとグラスとに、双鉄さまが気づいてくださったそのことに。

「ならばなおさら、祝の席を楽しみたい。……っ。楽しみたい、のだけれど──」

「双鉄さま?」

「──すまん。感情が乱れているのだ。鎮めて戻ろうとしたのだが、やりきれなさが収まらん」

ほうっと、深く。重い息。

「このままいれば、すず、お前にさえ八つ当たりをしてしまいかねない。
未熟極まり恥ずかしくあるが……それが、今の僕の正直なところだ。ゆえ」

「でしたら、ね? 双鉄さまがお嫌でなければ──」

離れようとする双鉄さまの袖口を、指先だけでつまみます。
双鉄様が動かれるのなら、すぐさまほどかれてしまう強さで。

「どうぞ一緒に。今宵は楽しまず過ごしましょう」

「……」

「双鉄さまとわたくしと──この先[十年二十年'ととせはたとせ]と、時を重ねて参るのですから……」

機能停止が訪れなければ──そんな無粋なひとことは、いまは奥底に沈めおきます。

「お祝いひといろでは無いことも、いつしか振り返り見るのなら、ふたりが重ねる時の絵巻の、よいアクセントになってくれるかと存じます」

「……。すず」

「あ」

ぎゅっと、ぎゅうっと。
双鉄さまが両腕で、わたくしを抱きしめてくださいます。

「双鉄さま……」

呼吸。体温。いつもより濃く香る体臭。
共感以上に、つたわってくるような気がいたします。

「……双鉄さまは、悲しんでいらっしゃるのですね」

「…………。かもしれん。悲しみと、いきどおりと──。申し訳無さも無論ある。もどかしさも。自分に対する情けなさも」

「はい」

「契約ごとが、うまくいかなかっただけなのだ。暗礁に乗りあげかけて、僕に舵取りを委ねられ──
けれど、期待に応えることが叶わなかった。いってしまえば──ただそれだけのことなのだ」

「はい」

「引き継ぎ前は、ふかみが担当の案件だった。ふかみにとって、御一夜鉄道ではじめての、大きな交渉ごとだった。
……順調に進捗しているはずだった。けれども、急に──」

「……」

「だからこそ──ふかみのためにも、なんとしてもまとめてやりたかった」

「左様でしたか……」

「──僕一人のことであれば、失敗してもやりなおせばいい。いつだってそうして来た。
けれど……ふかみのあの落ち込みようは…………」

それは、ふかみさまの問題。
一昔前の双鉄さまなら、そうと割り切ってらっしゃいました。

「だから、僕は──」

変化している。双鉄さまも──恐らくきっと、わたくしも。

「ね、双鉄さま」

正解などはわかりませぬ。
わからないなら、どうすればいいか──双鉄さまが、教えてくださったことをします。

「よろしければ、ね? おねだりをしていただけませんか」

「おねだり?」

「それを今年の、お誕生日のプレゼントに差し上げたいのです。
双鉄さまが厳しく叱ってほしいのでしたらわたくしは、厳しいハチロクをさしあげましょう。
双鉄さまが甘えたいなら、どんな双鉄さまだって、すずは甘やかにお包みしましょう。
……そうして、もしも。双鉄さまが、もしもお一人になられたいなら」

「であれば、すず」

「はい」

「願わくば、いつものお前のままでいてくれ。
僕にあわせるのではなく、お前のありたいお前でいてくれ。
今の僕にとっての最善を──間違えようとなんであろうと、僕にプレゼントしてほしい」

「かしこまりました。双鉄さま」

いつもどおりのわたくしは──いったいどのようなわたくしでしょう。
やはり、正解はわかりませぬ、が──

「でしたら──少し、失礼します」

(ひょいっ)

「!?」

れいなほどではありませんが、双鉄さまのおひとりくらいは簡単に抱きかかえられます。

食卓につけ、ナプキンをお首にまいて──今宵はお酒はよしましょう。
路子さま用のオレンジジュウスを、コップふたつになみなみつぎます。

「どうぞ、乾杯の音頭をお取り下さい。双鉄様」

「乾杯──なんのだ」

「もちろん、路子さまのお誕生日のお祝いの」

「っ!」

「双鉄さまのお誕生日は、そのあとで。
夫婦の床で、ふたりっきりで、双鉄さまを甘やかしながらお祝いしましょう」

「ああ」

一瞬目を閉じ、お口のなかで何かを小さくつぶやかれ。
そうして高らかに双鉄さまは、グラスをかかげてくださいます。

「ハチロク。路子の誕生祝いを用意してくれてありがとう」

「当然のことでございます。[双鉄様'マイマスター]」

「では、乾杯の音頭を取ろう」

「喜んでご唱和いたします」

真水のグラスを手にとって、双鉄さまにならって小さくかかげます。

「路子。お誕生日おめでとう。いつも見守ってくれていてありがとう。
おかげで僕は、今年もこの日を迎えることができた」

双鉄様です。いつもどおりの。

(あるいはご無理をもしかして、強いてしまっているのかもしれません……)

けれども。そうであるとして。
路子様のお誕生日をもしもお祝いしなければ、その傷の方がより深く、双鉄さまを苛まれるかと、わたくしは──

「ハチロク、なにをぼーっとしている。乾杯だ」

「あ!? もうしわけございません」

「晴れの日に詫びは無粋だ。唱和してくれ。路子と僕のお誕生日に──『乾杯』」

「『乾杯!』」

オレンジジュウスを一気に飲まれ、メインディッシュを──ロオストビイフを双鉄さまはお切りになられて──

「ハチロク、お前も、ほら」

バスケットから瀝青炭を、わたくしの皿にも取ってくれます。

「ありがとうございます、双鉄様」

「ならば食べよう。いただきます」

「いただきます」

「あむっ──ん──うん! うまい!!!」

「うふふっ、うれしうございます」


うれしい。とても。

正解はお前が決めろと──わたくしをご信頼くださって。
出した答えを大切に、真剣に扱ってくださって。

「ですから、ね? 双鉄様」

「うむ? なんだ、ハチロク」

「お誕生会のそのあとは。路子さまがおやすみになり、わたくしたちが、夫婦に戻ったそのあとは」

回路の向こう。タブレットの一番ふかいところ。
もしもわたくしにこころが存在しているのなら、その奥底から願います。

「双鉄さまのお誕生日を、あらためて。どうか、このすずにお祝いさせてくださいましね?」

「!」

お食事の手がとまります。
頼もしいほどの笑顔がくにゃりと、優しげな──悲しげなものにかわります。

「……ありがとう、すず。ぜひ、そうしてくれ」

「はい、双鉄さま」

正解なぞはわかりませぬ。
答えも与えていただけませぬ。

それでも双鉄さまが望まれるなら、すずはすずなりにお応えしましょう。

「今日のこの日が少しでも、貴方の喜びになりますように──全力で」


;おしまい

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whisp 2021/01/29 23:08

2021みくろお誕生日祝いショートストーリー「みくろの瞳。ハチロクの瞳」 (進行豹

2021年 みくろお誕生日祝いショートストーリー

「みくろの瞳。ハチロクの瞳」 進行豹

///////////////////

「ねぇ見てください、おねえさま!」

これが何度目でございましょう。
みくろのとてもはしゃいだ声が、冬空高く溶けていきます。

「ムフロン、かっこいいですよね! 大きな大きな角があるのが、オスムフロンです」

「かっこういい……」

奇妙な名前で、黒みがかった茶色をしていて、角はまるで悪魔のようです。
わたくしの感覚上は、かっこいいより恐ろしいの方が強いのですが──

「ええ。とても精悍で、野性味に溢れておりますね。とても強そうな動物です」

「強いかどうかは、みくろにはちょっとわからないです。
ムフロン、だって羊さんの仲間ですから」

「羊!?」

回路内、ぽん、ときぐるみを着たれいなのイメエジが沸き起こります。

「って、あの、真っ白でふわふわでめぇめぇとなく、ひつじさんですか?」

「そうなんです、おねえさま。ムフロンが捕まえられて家畜化されて、少しずつ羊さんになっていった──って、そんな学説もあるらしいんです」

「まぁまぁまぁ、そうなのですね」

言われてみると……ああ、左様ですね。横長の瞳が羊とにているような気がします。
けれどもやはり、全体の印象で捉えてしまうと……

「おなじ仲間であるにせよ、随分と違うものなのですね」

「うふふっ、みくろたち、レイルロオドとおんなじなのかもしれませんね」

「わたくしたちと?」

「はい。例えばおんなじ旧帝鉄のレイルロオドだって、
D51 840のランさんみたいにスラっとしてる方もいらっしゃいますし、
すずしろさんみたいに可憐な方もいらっしゃいますから」

「ああ」

例えてもらって、ピンときます。
レイルロオドに全く興味も知識も無いものには、ランさんとすずしろさんの共通点はわからない。

「でしたら教えてください。みくろ。
ムフロンと羊の……例えばどのような点が、同じ種であるという特徴なのですか」

「はい! 喜んで、おねえさま!
あのですね、まずは蹄を見てください」

ムフロンを見て、羊を見て。ヤギを見て。
偶蹄目ウシ科の動物の特徴と、ヒツジ属、ヤギ属の違いを学びます。

「あとはあごヒゲ。あごヒゲがあるのがヤギの仲間で、羊の仲間にはないことが多いです。
しっぽが下向きか、上むきか。角が渦をまいてるか、まいてないか。あごひげがないかあるか。
そこをチェックすれば、羊の仲間かヤギの仲間かは、見分けやすいかなって、みくろは思います」

それにしてもみくろの説明の、なんと流暢で饒舌すぎることでしょう!
噂に聞く“蟲姫”りいこさんときっと、さぞや仲良くなれましょう。

「……たいへん勉強になりました」

いささか過剰にすぎましたけれど、知識を得れば、見える世界がかわります。

「なるほど、羊とムフロンは、そのように見れば瓜二つの生き物たちなのですね」

「なんです! えへへっ、みくろ、おねえさまにムフロンのこと知ってもらえて、嬉しいです!」

ああ、なんという笑顔でしょう。
邪気無く、なんの計算もない──ある面では、れいなよりさらに無垢かもしれない、そんな笑顔。

「みくろは、本当に動物のことが大好きなのですね」

「はい! 動物園で仲良くしてたら、どんどん大好きになっちゃいました」

「単純接触効果というヤツですね。双鉄様に教えていただいたことがございます」

「それって、どんなことですか?」

「繰り返し接していくものを、どんどん好きになっていくこと。そのようにわたくしは教わりました」

「わ! すごいですね。みくろ、単純接触効果? とっても受けやすいんだと思います」

うふふと、はにかみも幸せそうです。

「だって今日、一緒に雄武田に来てもらえて! おねえさまのこと、一秒ごとにどんどんもっと、大好きになっちゃってますから」

「まぁまぁ、なんて光栄なことでしょう」

本当に、なんとあどけないこと。
“好き”という言葉の重みを、みくろはきっと、未だ理解していないのでしょう。

「……とてもしあわせなことですね」

「はい! みくろ、とってもしあわせです!」

弾むように、踊るように、みくろの足が動きます。
かつての住処の園内を、わたくしに案内してくれながら──あら。

「そこ──その空間は、なんでしょう?
かなりのスペエスがぽかりとあいておりますが」

「あ」

みくろの顔から笑みが消えます。
少し、困ったような顔。

「ああ、もしかして……昔みくろがかわいがっていた動物の檻かなにかが」

「いいえ、そうじゃなくってええと──。
ここ、みくろの38696が静態保存されてた場所なんです」

「まぁ」

豊河の──こはるさんの58623から無数の部品提供を受け、動態復元し、御一夜鉄道の一員となった、38696。
あれから何年……随分たったものですけれども。

「移転後ずっと、ここは空き地のままなのですか?」

「はい。あの、えっと──みんなが、いってくれてるんです。
もしも御一夜でも走れなくなっちゃう日が来たら、いつでも帰ってきていいんだぞ、って」

「ああ」

感じます。きっと今が、その時なのだと。

みくろが必死に隠していること。
ですのでわたくしもそれを重んじ、気づかぬフリを続けてきたこと。

「ねぇ、みくろ」

「あの! おねえさま!!!」

「!?」

なぜでしょう。みくろの声は、切羽詰まってしまっています。

「どうしました? いきなりそんな」

「あの、みくろ。おねえさまが伝えてくださりたいこと、わかってるような気がします。
おねえさまがくださるものなら、なんでもみくろは受け取りたいです! けど」

「けど?」

「いまは……いまはまだ、みくろ、準備がたりてないです。
みくろ、だって、これからもっともっと頑張りたいから──
いまもし、みくろがおねえさまに、そういう言葉をかけられちゃったら……」

そういう言葉。
感謝と、謝罪と……それから何を、わたくしはみくろに伝えたいのでしょう。

それがなにかを整理しきれず、さらにみくろが「今はまだ」というのでしたら……伝えることは、押し付けです。

「わかりました、みくろ」

「あ」

「でしたら今は、別の言葉を送らせてください。
とても素直にこころに浮かぶ、ただそれだけの”今”の想いを」

共感をわずかに広げます。
みくろの頬が赤らんで、こくり、頷きがかえります。

「みくろ、あなたは美しい。
乗務に邁進しているときも、動物園にはしゃぎまわっていた今日も」

「はうっ」

「一番最初に出会ったときには、わたくし、戸惑ってしまっておりました。
色の異なる左右の瞳を、見せまい見せまいとするものですから」

「……」

ふっとみくろが懐かしむように笑います。
そうしてまっすぐ──両目でまっすぐ──やわらかにわたくしを見つめます。

「──ええ。本当に美しい。
溢れる喜びだけでなく、マスターを得て自信にも満ちたいまの貴方は。
以前にも増して、とても強く。そして美しくなりました」

「!」

みくろの笑顔が弾けます。
どこまでも無垢で純粋な。

「嬉しいです! ありがとうございます、おねえさま!」

不意に、瞳が熱くなります。
片方だけが、泣き出しそうに、熱くなります。

だから、思い切り笑います。
みくろがそうしているのとまったくおんなじに。

「みくろ。あなたがわたくしの妹であってくれて、とても嬉しい。
あなたは、わたくしの誇りです」

「っ!!!」

「そうして、ね? みくろ」

照れることなく伝えましょう。
だって今日は、一年に一度の日なのですから。

「お誕生日、おめでとう」

わたくしたちは、被造物です。
わかっていても、言葉が魂から溢れます。

「──うまれてきてくれて、ありがとう」


;おしまい

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whisp 2021/01/03 21:43

2021年お正月記念ショートストーリー 【まいてつ】『御一夜鉄道の骨齧り』 (進行豹)

2021年お正月記念ショートストーリー 【まいてつ】『御一夜鉄道の骨齧り』 (進行豹)


新年あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!!

と、いうわけでことしの書き初めに、「まいてつ」のショートストーリーを書き下ろします。
時系列は「まいてつ」無印のグランド中。
ナインスターズが走る前の、どこかの年のお正月って感じですね!

どうぞ、お楽しみくださいましです!!


///////////////////////////

「っ!? 非常っ!!!!」 「双鉄様!」「にぃに!」

(ゴッ!!!!!!)

「「「!!!!!!!っ」」」

…………やった。
やってしまった。

列車通過直前での線路横断──
終夜運転の回送で、客車が空であったとはいえ、止まりきれようはずもない。

「(ほっ)」

息。誰かの。小さく安堵したような。

「イノシシですね。かなり大きめの個体のように思われましたが……」

「あ、あ……そうであったか……ならば、不幸中の幸いではある」

冷静極まるハチロクの声。
こちらもほっとさせられる。

ゆえ、申し訳無さがようやく衝撃に追いついてくる。

「とはいえ、すまん。ブレーキが遅くなった」
「いいえ、決して。双鉄様」

一瞬の淀みも無い返事。
ハチロクの目はまっすぐまっすぐ僕を見る。

「双鉄様の前方注視にご油断はなく、反応も理想的な迅速さでした。
何かに驚かされた動物が列車直前に飛び出してくる──これは、回避不能です」

「私もそう思うと!! 凪ちゃんが前やっちゃたときは、衝撃ばーんってすごかったけん。
それよりきっとずっとあたりどころがよかった感じじゃないかなぁ」

日々姫の声は状況に全く見合わぬ明るさで──
ああ、いや。視線で、声で。ふたりは僕を支えようとしてくれているのか。

「うまくはね飛ばせた感じじゃないかな。凪ちゃんのときはガギゴギガギって。
巻き込んで引きずってるの、はっきりわかっちゃったけん」

よほどイヤな感触で、それを思い出してしまったのだろう。
日々姫の顔が歪んでしまう。

「わたくしも同様に感じます。恐らく、車体の損傷も軽微なのではないか、と」

「うむ」

ふたりの支えが、動揺をてきめんに押さえてくれる。
起こしてしまったことは戻らぬ。ならばここから、立て直すしかない。

「であれば良いが──確かめねばだな」

「左様でございますね。目視で確認してまいります。日々姫、サポートをお願いします。
なにかあったらすぐにご連絡いたしますので、双鉄様はポーレット様にご一報を」

「いや、目視なら僕が行こう。たとえイノシシであるにせよ、死骸を見せてしまうのは」

「へーきよ、へーき。私、帝都のお嬢様とかじゃなかけん」

「仮に帝都のお嬢様であったとしても、日々姫です。
日々姫の目に敵う観察力をもつ者など、ございませんので」

「日々姫の目か。言われてみれば確かだ。
では頼む。日々姫、ハチロク」

「うん! 頼まれた!」

「かしこまりました。では。参りましょう、日々姫」

恐らくは僕に見せるため、そのためだけの笑顔まで浮かべ、
ハチロク日々姫が闇の中へと下りていく。

「……いかんな。面倒をかけっぱなしだ」

せめて託された仕事くらいは、
ポーレットへの報告は、しっかりと、抜け・漏れなどなく行わねば、だ。

「御一夜指令。こちら臨時086S──訂正、回086S。指令応答願います」


///


「あ! 出てきた出てきた! お手柄、そーちゃん」
「真闇姉。こんな時間に──いや、というかお手柄とは」


「にーさんもやらかしとねー! へっへー! 仲間が増えたばい!」
「みんなも列車もお怪我なかったって……よかった、です」
「触車事故だってね。双鉄。けれど……ふふっ、まさしく禍福は糾える縄の如しだ」

「凪、ふかみ。稀咲も」

みんな笑顔だ。
イノシシ相手とはいえど、事故であるには違いないのに。

「いったでしょ? 双鉄くん。 こうなるって、わたし」
「ポーレット。ああ、いや……うむ。そのようなことを確かにいっていたな」

“事故は残念ですけれど、きっと感謝もされちゃいますよ”──と。
聞いたときには、気休めにしても不器用すぎると感じていたが……

「うっふふー、みんなほっぺがまっかですねぇ。にっこにこですぅ」
「で、ございますね。この寒さにこの焚火の火。無理からぬことではございましょうが」

機関庫前を外れたところ。山積みになったフライアッシュのさらに脇。
そこに赤々焚き火が燃えて、大きな鍋の底を焦がしている。

「……僕らが検修をしている間、ずうっとこれを炊いていたのか」
「この濃厚な、お味噌ととんこつの匂い! 機関庫内までただよってきとったとよ~!」

僕の気持ちを日々姫が代弁してくれる。
とたん、真闇姉がにやりと笑う。

「とんこつじゃなくて、猪骨。もーうよか感じにしあがっとるよ」

損傷は実際軽微であったが、大動物との接触だ。
各部検査にほぼ夜明けまでかかってしまったことが、むしろ幸いしたらしい。

「ばってん、ね? みんなが揃ってから食べんといけん思うて、がまんしとったの」

「食べる……とは──いったいなにをでございますか?」

「ああ、ハチロクは初めてだったか」

ハチロクと日々姫とともに、焚火の輪の中に溶け込んでいく。

「はい、そーちゃん」

「うむ」

皿を受け取る。
1本そのまま、ハチロクの鼻先に持ち上げ、見せる。

「骨齧り、だ」

「ホネカジリ。……ああ、これは骨に、肉がこびりついているものですね──
っ!? まさか、さきほどのイノシシの?」

驚きにまんまるく広がった目が、
すぐにふふふ、と笑ってにじむ。

「なるほど。そういう理由でしたか。
堰様たちがご回収にすっとんでこられたのは」

「ですです。おじいちゃんたち、これをすっごく楽しみにしてて。
発船所の方にも届け終わったら、戻ってきて合流するはずです」

「……鹿やイノシシと触車したとき、ごちそうと喜ぶ機関区があるとの伝説を耳にしてはおりましたが。
まさか、わたくしがその当事者になるだなんて」

「っていうか、実際ごちそうやけん! はい、にぃに」

「うむ」

日々姫から受け取った七味を一振り。それだけでいい。
クマ味噌でじっくりと煮込んだイノシシの出汁が、余分な味付けを拒むゆえ。

「(がぶりっ──みしいいいいっっっ──ぶちっ!!!!)」

「あらまぁうふふっ! 本当にホネカジリでございますのね!」

熱い。うまい。言葉を発する余裕がない。
ゆえ、大急ぎで──この濃厚な味わいを思いっきりに堪能しつつ──咀嚼し、飲み込む。

「ふはっ! うむ。本当にホネカジリなのだ。もともとは湯医の方──上クマの伝統料理であるらしいのだが」

「ふはあっ! おいし。──焼酎にめっちゃくっちゃに合うってゆーて。
じぃじが御一夜に持ち込んで。それからすっかり、御一夜でも定着したと」

「飲む人のおおかけんね。こん町は」

「やけん、うちでも定番ばい!! ばってん、うちのは豚肉つこうて塩ゆですると!」

「うちでも。です。おじいちゃんたち、毎年冬になると」

「ボクの家ではやらないね。けど、仕事がらご相伴に預かることは、珍しくない」

「まぁまぁ。まことに御一夜中で好まれているお料理なのですね。ホネカジリ」

「うむ。豚でやる家も多いようだが、右田はこだわりが強いようでな。
イノシシ以外ではやらんゆえ、僕も相当にひさしぶりだ──(あむっ!!!)」

……骨齧りのときは、みな無口になる。
真闇姉が、稀咲が、凪が、ふかみが──ああ、堰さんたちも合流したのか。

「(はむっ! むしっ! みちっ! がぶっ!!)」

「あっふっ──んっ──(みちち──ぶちっ!!)」

いうまでもなく凪は極めて豪快に。稀咲までもが、大口を開け。
みないちようにイノシシの骨にかぶりつき、肉をこそいでは食べている──?

「ポーレットとれいなは」

「うふふぅ、ここですよぉ!」

「ハチロクちゃんにも、骨齧り堪能させてあげたいなぁって」

言われてふるふる、ハチロクが首をふりつつ後ずさりする。

「いいえ、いいえ。お気持ちだけで。
わたくし、ここまで野趣が溢れておりますものは──あら」

ポーレットが差し出す皿の上。こんがりと、くろぐろと。
……なるほど、焚火の薪に骨を混ぜ込んで焼いていたのか。

「うっわ! 完全に炭化しとると!? ハチロク的には、こぎゃんものって」

「アリ、でございます」

下がった足が逆に踏み出す。一歩。二歩。
すん、と小さく鼻が鳴り、同時に大きく喉がなる。

「っ──。ここまで火を通していただけるのなら、野趣も焼け落ちてしまいますので」

「うふふっ。なら、はい、どうぞ」

「ありがとうございます。では、ひとつ失礼をして──」

皿の上にある炭化した骨を、箸で上品につまみあげ。

「(ばりっ! ぼりんっ! ごりっ! ばきっ!!!)」

「ははっ」

思わず笑みがこぼれてしまう。
新春早々、何と豪快で爽快で──しあわせそうなことだろう。

「(ごくんっ)──ふぁ。これは……これは確かにホネカジリでございますね!
瀝青炭を青とするなら、この味は赤。まったく対極にありつつも、等価であると申せましょう」

「うふふっ! おかわりもありますよ?」

「よろこんで頂戴いたします」

「(ごくっ、ごくっ、ぷはぁ!) トンコツ軽油もいいものですよぉ。こっちもいっぱい、どうですかぁ?」

「そちらはご遠慮いたします」

「あははははっ! ハチロク、現金!!」

にぎやかだ。
触車に冷え切っていた全身を、焚き火の熱が、ホネカジリが、みなの笑顔が、温めてくれる。

「はぁい! 締めのトンコツ──じゃなかとね! イノシシ出汁のクマ味噌ラーメン! できあがったとーー!!」

「いやっほう! 凪さま一番にもらうばい!」

「ずるうい凪ちゃん わたしはにばーん!」

「では、ボクは3番目にいただこう」

「!! たいへん、にぃに、並ばんと!!」

「だな。並ぼう。だが、その前に」

年越し乗務であるというのに、バタバタしすぎてすっかり失念してしまっていた。
せっかくみなが揃っているのだ。この機に一気に挨拶しよう!

「新年! あけましておめでとう!!!!」


;おしまい

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whisp 2020/07/11 01:01

2020夏葉お誕生日祝書き下ろしショート台本『お誕生日の予告編!?』(進行豹

『お誕生日の予告編?!』

~2020年沢井夏葉お誕生日記念書きろしショート台本~

この夏葉は、夏葉ルートの夏葉です
この台本は、バイノーラルボイスドラマ収録を想定して書いております。脳内再生能力をご活用いただきお楽しみいただけますと幸いです!


;セリフは全て夏葉(大)(とはいえふたりきりで甘えてるので、そこまで年齢感高くならない方が嬉しいです) 


;SE ドアの外から近づいてくる足音

「(わくわくした呼吸音)*4」

;SE ドアノブ→ドア開く

;9/前遠
「おかえりなさい、おにいちゃん。わ!!」

;9/前遠→;1/前(密着距離) / “って”で →;9/前遠
「やったぁ、プレゼント買ってきてくれたんだ。 それにケーキも!
うふふっ、ふたり用のちっちゃなケーキじゃなかったら、おにいちゃんドアあけられなかったね──って」

;9/前遠
「あぶないあぶない。夏葉、うれしくておかえりなさいのチューしちゃうとこだった。
ね、おにいちゃん。手洗いうがいしてきて? 夏葉、その間に晩ごはんの支度しちゃうから」


;SE 水道で手洗い(継続)

;14/後左遠
「ねーおにーちゃん。 プレゼント、夏葉のリクエストどおりでしょう? たぶん。
もしもそうならあけちゃっていい? ……子供みたいで恥ずかしいんだけど、今から早速つかいたくって(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──
えへへっ、やったぁ! それじゃ、あけちゃうね~」


;SE 夏葉の位置でのラッピング解く音を、手洗い音に重ねる
「この包み紙、臍部(せいぶ)デパート! おにいちゃん、わざわざ池袋までいってきてくれたんだ。
うれしい……えへへ、お品物にも期待ふくらんじゃうな(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──わ!」

;SE 手洗いストップ→蛇口締め
「(うっとり見惚れる呼吸音)……綺麗……陶器だぁ。これ、高かったんじゃない?
蒸し器、夏葉、シリコンとかのやっすいヤツでも全然よかったのに」

;リスナーが歩いて来るのを待ってるので、相対的に移動
;14/後左遠→;6/後左→;7/左→;1/前
「(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)……そっか」

「そだよね、お誕生日のプレゼントだもんね。
贅沢──うん、贅沢してもらえて、嬉しい。
大事にしてもらってるんだなぁって、すごく感じる。
ありがとう、おにいちゃん! (ちゅっ!)」

「あ……えと、今のはプレゼントのお礼のキスね? それでぇ……」

;3/右 (接近囁き)
「おかえりなさいのちゅーは……いっつもよりもすこぉし甘く」

;1/前
「(甘くて長いしあわせなキス)──ふうっ」

;3/右
「うふふっ、じゃあばんごはんつくっちゃお?
今日は絶対にお兄ちゃん蒸し器買ってきてくれるってわかってたから、
夏葉、蒸し物で食べたい材料そろえてたの」

「白菜でしょお、じゃがいもでしょお、エリンギにぃ、にんじんにぃ、かぼちゃに、エビに、それから! 鯛まで!!」


「(呼吸音)(呼吸音)──うふふっ、それがね? 大丈夫なの。味、ばらばらになんてならないの。
だって夏葉、すみちゃん流をおそわってるから」

「すみちゃん流の蒸し物はね? ──ってか、口でいうより一緒にやってこ?
まずは白菜を、手で適当な大きさにちぎってぇ」

;SE はくさいちぎり
「(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──っと」

;SE そしたら今度は、じゃがいもとかぼちゃと人参を、うすぅくスライスしていきます。
かぼちゃは切るの大変だから……(呼吸音)(呼吸音)──えへへ、ありがと。じゃ、おにいちゃんに任せちゃうね」


;SE じゃがいも皮むき→スライス→人参かわむき→スライス を軽快にやってくとなりで、断続的にごとっ! ごとっ! とかぼちゃ切断スライス音
「♪ふんふんふ~ん おじゃがは~ くるくる~ まわして~ かわむき~
芽のぽっこりは~ えぐって~ とって~~ で! 薄切り薄切り──
んしょ──(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)」

「で、人参も皮むきをして──(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)
そしたら薄めの短冊に──(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──っと!」

;SE stop
「できたぁ。わ! おにいちゃんの方もバッチリだね。
いいかぼちゃ、そのまま生でもたべれちゃいそう」

「そうしたら次は、メインディッシュ。夏葉はエビの背わたとるから、
おにいちゃんは鯛の鱗、おとしてくれる?  アラだから、ちょっと大変かもだけど」

;SE 海老の背わたとりの音の隣で、豪快に鯛の鱗落とし

「まずは背中をまるめてまるめて~ (呼吸音)(呼吸音)
竹ぐしさして…………(呼吸音)(呼吸音)──えいっ!
えへへ、上手にとれました」

「このエビ、とりやすくっていいなぁ。
この調子で──(呼吸音)(呼吸音)──ぴっ!
どんどん、やって──(呼吸音)(呼吸音)──ぴっ!
エビをもーっとおいしくしちゃって──(呼吸音)(呼吸音)──うへっ!?」

「もう、おにいちゃん! 鱗勢いよく落としすぎ。
わ、ほら、キッチンのあちこちに鱗ついちゃってるじゃない」

;SE 鱗落としのペースボリューム落として

「(呼吸音)(呼吸音)──そうそう、そんな感じで、ね?
夏葉のかわいいエビたちも~(呼吸音)(呼吸音)──
もうあとちょっとで~(呼吸音)(呼吸音)──
うん。 せわたぬき完了──っと!」

;SE stop

「おにいちゃんもお疲れ様。じゃ、ここからがすみちゃん流」


;SE セリフ合わせ
「まずは──ん……こんな感じで──蒸し器のせいろ部分の一番そこのとこには──
広く……葉物を──いまは、白菜を──しきつめ、ます──ん」

「すみちゃんいわく。この葉物が蒸気をまんべんなくひろげて、しかもとじこめてくれるんだって。すごいよね」

「で、葉物の上には、火が通りにくいのもから順番に。
まずは──んー、じゃがいもかなぁ。んしょ──(呼吸音)──よいしょ──(呼吸音)──
バランスよく──(呼吸音)──綺麗に──(呼吸音)──で──」

「そしたらかぼちゃで、人参だね~(呼吸音)(呼吸音)──
あ……ってか──(呼吸音)(呼吸音)──
色のバランス、考えたら──(呼吸音)(呼吸音)──
じゃがいもが、真ん中が──(呼吸音)──よかった──かも──(呼吸音)」

「けど……(呼吸音)(呼吸音)──だよね。
火が、とおりきらなかったら──(呼吸音)(呼吸音)──
じゃがいもが、一番悲しく──(呼吸音)──なっちゃうもんね──(呼吸音)
夏葉、この蒸し器はじめてだし──(呼吸音)──やっぱりこれで大正解! うん」

「そしたらあとはエビを敷き詰めて~(呼吸音)(呼吸音)
かわいく赤くなってほしいな──(呼吸音)(呼吸音)
くるんてまるまらないといいな~──(呼吸音)(呼吸音)
みんな、いい感じにがんばってね~(呼吸音)(呼吸音)──で!」

「ふたするみたいに鯛をならべて~(呼吸音)(呼吸音)
こっちにも──(呼吸音)(呼吸音)
みっちり、ならべて~(呼吸音)(呼吸音)
ん……(呼吸音)(呼吸音)──でーきたっ」

「えっへへ~ いまの時点でもおいしそう。
っていうかそうそう、味付けしなきゃ。
味付けはね? これだけでいいんだって、すみちゃんが」

「そ! 『あごだし塩』。なににつかってもおいしいけど、
蒸し物だとほんっと最高──って、おにいちゃんの方が夏葉よりよーく知ってるお味だよね」

「だったら、最後の仕上げに使うものもわかっちゃってるかな? これなんだけど」

;SE 包丁でストン!

「そ、ものべの産のゆず。
蒸しあがったら、これをきゅーってしぼってかけるの。もう、想像だけでもたまらないでしょ?」

「……(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──っていうか──(ごくり)」

「あの、おにいちゃん。ちょっとだけ、夏葉、ゆず──そのままかじっちゃってもいい?
なんか、すごく美味しそうな気がして──(ごくっ)」

「(かりっ!) ん~~! すっぱい! おいしい!!!
っていうか、ゆず、たくさんあるし、これ、いっこいっちゃってもいいよね?」

「(ちゅっ! ちゅうううっ! じゅ! じゅずずずずっ!!!) ──くっはぁ!! えっぐいくらいに酸っぱい! おいしい!!!」

「って、おにいちゃんどうしたの? そんなにびっくりしたみたいな硬直したみたいな……(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──
あー、たしかに。夏葉、蒸し物だと絶対にすみちゃんに鶏肉リクエストしてたっけ」

「……けど、なんでかな。今日は、鶏くらいサッパリしてても、ちょっと重そうって感じちゃったの。
ほんとはね? 鯛も、おにいちゃんの大好物じゃなかったら、パスしてたかも──って、え?」

「『食の好みが急にかわって、酸っぱいものを求めるようになる』──って、うん。それ、今の夏葉のことだよね…………て、
え!? え!? えええええええええっ!!!!!」

「食の好みが急に変わって、酸っぱいものが欲しくって! え!? うそ、やだ! 夏葉! もしかしてもしかしたら!
もしかして!!!!!」

「お誕生日が、お誕生日の予告編になっちゃってるのかも!!! わ、わ、どうしよ!?
ね、おにいちゃん、どうしたら──(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──あ! だね!」

「腹が減っては戦もできぬ、だもんね。
もしも……もしもほんとに…………はうっ」

;3/右 接近囁き
「もしもほんとに夏葉のお腹に赤ちゃんいるなら……いてくれるなら。
栄養、たっぷりとらなくちゃだし」

;3/右
「そうときまったら蒸さなくちゃ! お水、お水を蒸し器の下の部分にいれて~」

;SE 蛇口から水を手鍋にいれて、それを蒸し器の下の部分にそそぎこむ
「(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──っと」

「せいろの部分をその上に乗せて──(呼吸音)──んしょ。
そしたら濡れ布巾かけて、蓋をのっけて」

「あとは湯気がお仕事してくれるの待つだけだね。それじゃお兄ちゃん、火をつけて?」

;SE コンロ点火。ボッ!
;環境音 コンロの火 (じわじわお湯が沸騰していく感じももしも出せれば)

「(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──」

「……へんなの。ただのコンロの火なのに……なんだかすごく──(呼吸音)(呼吸音)──あ」

「……おにいちゃんもなの? うふふっ、不思議ね。いっつもとおんなじコンロの火を、バースデーケーキのろうそくの火みたいに感じるなんて」

「(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)……あの、ね? おにいちゃん」

「今日の夏葉のお誕生日が──おにいちゃんと夏葉の赤ちゃんの、お誕生日の予告編にもしもなれてたりしたら。
検査して──それが、確定するようだったら」

「…………(呼吸音)──うん。帰りたい。ものべのに。
帰って夏葉、すみちゃんと、ありすちゃんと、飛車角ちゃんにも報告したい」


「えへへっ! そのときが楽しみだなー! すみちゃんとありすちゃん、びっくりするかな? よろこんでくれるかな?
飛車角ちゃんは──(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──あはは!」

「だね。びっくりしすぎてアゴはずれちゃったら大変だね! 飛車角ちゃんお口おっきいから。
っていうかおにいちゃんもだよ? 気をつけて!」

;3/右
「夏葉の蒸し物がおいしすぎても、ほっぺ、おとしちゃわないよーに! (ちゅっ!)」

;おしまい

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