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書き下ろしの記事 (44)

whisp 2020/04/06 13:56

書き下ろしショートストーリー「ご開祖とちまとアマビエと」(進行豹

「ご開祖とちまとアマビエと」
2020/04/06 進行豹

///

「あー、ひまっスね~。ま、ものべのくらいに閉鎖的な土地だと、外出自粛がかかってるのにフラフラだとか、一撃で村八分案件っしょ?」

「そーにゃ。ありすさんのお父にゃんが『外出は控えてください』っていったから……。
この状況だと、ひめみやが言うより村長が言うより効果絶大にゃ」

「そりゃ出歩けないっスよね~。
まぁ自分も? 病止祈祷できるっちゃできるっスけど、
大人数にとかしたら要求される返(かや)りデカすぎて、こっちが根の国で療養することになっちゃうっすから……
みんなが自粛に耐えてくれてるのは正直めちゃくちゃありがたいんっす。
ありがたいし、助かるんスけど」

「それとヒマすぎなのは話が別にゃ。ちまさまも、DNA形? とかいうのは猫のはずにゃけど、
万が一にもありすさんにうつしちゃったらイヤにゃから、スマホでしかおしゃべりできてにゃくって寂しいニャア」

「ってその言い方だと、アレすよね?
今こうして直接話してる自分になら感染してもかまわないっていってるのと同じことっスよね」

「おなじことにゃ。だからヒマつぶしに来てるのにゃ」

「随分っスねそりゃ」

「そもそもご開祖ちゃん、カミ様なんだから人間の病気になんかかかるわけねーにゃ」

「とは断言しきれないっスよ。なにせ得体の知れない新型の――♪(ぽろん!)――おや」

「DINEの着信にゃ? ご開祖ちゃんDINEにゃんてしてるのにゃ?」

「ってか、ちまこそよく知ってるっすね――お!」

「誰からにゃ?」

「アマビエっスよ。アマビエ」

「にゃーーーー! いまあやかし界で話題沸騰! 一気に世界一番人気に駆け上ったあやかしにゃあ!!」

「そスそス。いや、この騒動が起きる前には、アマビエ、それこそ忘れさられかけててひからびそーなあやかしだったっしょ」

「そーかにゃ? 人気アニメにちょっと前でて、それで随分知名度あがったとかなかったかにゃ?」

「そのときはよくても、アニメ人気は移り変わり激しいっすからね。
先々のことを考えて、ものべの移住も考えては? って、自分、誘いをかけてたんスよ」

「センケンノメイってヤツにゃ」

「アマビエもまぁまぁ乗り気だったんスけど――この騒動で一気に知名度が跳ね上がって――
ってか、本当に世界一有名なあやかしになっちゃったっすからね。
『状況どうスか?』ってDINE、ずーっと未読スルーになってたんっスよ」

「んにゃ!? アマビエもDINEやってるにゃあ!!?」

「そりゃ、わざわざ人間のとこいって、
『疫病のときには自分のブロマイドを拡散させるといい』とかアドバイスするほどに人間好きなあやかしっすからね。
流行り廃りのことなんかは、自分なんかより百万倍詳しいっすよ」

「意外にゃあ――ってか!? いまので返事きたんにゃ!? なんて書いてあるのにゃあ!?」

「ん…………。ああ――。要約するとっすね。
『いまは疫病鎮めるのにいっぱいいっぱいで、とても移住のことを考えられる状況じゃなくなっちゃいました』って感じすね。
『だからいったん、移住話は白紙にしてください』って」

「にゃー、そりゃそうにゃ。世界中で似顔絵めちゃくちゃ拡散されて、それの全部に加護与えるとか――
考えたにゃけでも気がとおくなるにゃ」

「その状況でわざわざ返信くれたんスから、ほんっと律儀なあやかしっすよね……あ」

「にゃ?」

「続きっす、えと――……
『けれど、疫病が去り、アマビエのことを誰もが忘れてしまう世の中の方が、アマビエにとってもしあわせです』
『だから、もしそのときが来たら。いえ、そのときができるだけ早まるようにしますから。そうしたら、あらためて移住のご相談をさせてください』
――だ、そーっすよ」

「んにゃー、アマビエめっちゃいいヤツにゃ」

「そうっスね。――ってか、自分もやるき出てきたっす!!!
悪疫退散、少しでも支援できるよう、祈祷のひとつもやってやるスよ!!!」

「にゃにゃ! それがいーにゃ!
ちまさまはできることなんにもにゃいから、おとなしく、人とあわないところでぐうすかお昼寝に戻るにゃあ」

「いやいや、それも立派な。とても大事な、『できること』っスよ!」


;おしまい

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whisp 2020/03/26 23:56

『残り5分のバースデー』2020れいな誕記念書き下ろしSS(進行豹

『残り5分のバースデー』

2020/03/26 れいな誕生日記念書き下ろしショートストーリー 進行豹

///


「雛衣市長、避難指示は『勧告』で本当によろしいのですか」
「土砂崩れが予想される地域には勧告でお願いします。空振りになった場合の責任は全てわたしが取ります」
「雛衣市長、湯医町長から『排水機を停止する検討を勧めている』との連絡が」
「湯医ダムの決壊よりは遥かにマシです。ご決断を尊重すること、また、排水機停止にともなう損害に対する支援はできるだけ行うことを返信しておいてください」
「雛衣市長。住民とマスコミからの問い合わせ対応で業務に支障がではじめています」
「問い合わせの電話を全て総務課に集約させるようにしてください。臨時コールセンターとして機能させ、各課から1名ずつの応援をだすように手配してください」
「雛衣市長、ゴルフコース付近の線路で水が吹き出し始めたとの報告が」
「御一夜鉄道の保線部に対応準備を命じてあります。すぐにそちら対応するよう連絡してください」
「雛衣市長
「雛衣市長」
「雛衣市長」
「雛衣市長」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「雛衣市長――ポーレット! ポーレット!!!」
「えっ!? あっ――双鉄くん、いま、わたしっ!!?」
「寝落ちていたようだな。無理もない。ようやく窮地を脱したのだ。緩むなという方が酷だろう」
「あ……」

双鉄くんの声。
低く落ち着いた甘い声。
それがじんわり、疲労しきって綿みたいになったスカスカの体に染みてくる。

現場責任者として土砂災害の警戒・対応にあたってくれてた双鉄くん。
その彼が、ここに、庁舎に、戻ってこれてるということは……

「終わったんだぁ……」

こぼれた言葉が、実感になる。
各所からうけてた報告が、ようやく現実になって固まる。
じわじわ、体にぬくもりが――感情が戻ってくるのがわかる。

「台風被害……想定されてたよりずっと――ずうっと小さく抑えられたよね?」
「うむ。夜が明けてみないと確定的なことはいえんが、おそらくは。
ポーレットが市長として、その責を果たしてくれたおかげと、僕は感じている」
「ううん。わたしなんて、全然。なんにも。
双鉄くんたち、みんなががんばってくれたおかげ。本当に」
「みんなを迷いなくがんばらせてくれることこそが、リーダーの最大の責務だ。
ポーレットは間違いなくそれを果たした。謙遜することはない」
「双鉄くん……」

うれしい。とってもホっとする。
ここが庁舎でなかったら、抱きついて甘えまくりたいほど。

「夜明けまでは、もうできることも少なかろう。
あとは僕が引き受ける。
ポーレットはすぐに帰宅して、休息をとってくれ。
それはポーレットにしかできない、いまなによりも大事な仕事だ」

「わたくしにしかできない――――っ!!!!!」

いけない、休憩もだけどもうひとつ、絶対、今日しかできないことが――
今なら……うん! ぎりぎり間に合う!!!!

「わかった。ありがと。双鉄くん。
けど、なにかあったらすぐに連絡してね」

「無論だ。そのときには間違いなく。
ゆえ、連絡があるまではともかくも休んでほしい。
お城橋のところにナビを着水させてある。つかってくれ」

「……なにからなにまで、本当にありがとう」

けど、だけど。
休憩にはいるその前にどうしてもひとつだけ。

っていうか、しないままいたら、わたし絶対、こころが少しも休まらないから――

(がちゃっ)

「ただいま! れいな」
「あ! おかえりなさぁい、ポーレット」

玄関をあけるやいなやで、れいながぽてぽてにこにこと、かわいくお出迎えをしてくれる。
普段だったらとっくに熟睡している時間――ほとんど日付がかわりかけてる、真夜中であるにもかかわらず。

「おしごとおつかれさまでしたぁ。
たいふう、ものすごかったですねぇ」
「うん。けどね、人的被害はいまのところは報告ゼロなの。
みんなが頑張ってくれたおかげで――多分、誰もケガをしないで、台風、やりすごせたみたい」
「わあああ! それはよかったですねぇ! おめでとうですぅ、ぽーれっと――ひゃっ!!?」

抱きしめている。ぎゅって、ぎゅううって、れいなを笑顔、全部ごと。

「ポーレットぉ。どうしたんですかぁ」
「おめでとうは、れいなの方」

時計を見る。神経質って自分がイヤになっちゃうけれど、どうしても確認してしまう。
まだ、23:55。ほんと、ギリギリ。でも、間に合った。

「れいな、お誕生日おめでとう」
「わ、わ、わああああああああ!!」

抱きしめている腕の中が、ぽかーってしあわせなぬくもりに満ちる。
腕を少しだけゆるめれば

「ありがとうですぅ、ポーレットぉ」

しあわせの色にほっぺを染めたれいなが抱きついてきてくれる。
こんなに喜んでもらえてすごくしあわせで……だからその分、申し訳なくて。

「本当はね? プレゼントも予約してあったの。
昨日受け取りにいくはずだったのに、台風の急な進路変更で、庁舎からでれなくなっちゃって」

「わああああい! プレゼントももらえるんですねぇ。
れいな、とーっても楽しみですよぉ。ポーレットがだいじょうぶになったら、えへへぇ。
れいなもいっしょに、うけとりにいきたいでぇす」

わたしの申し訳無さを、れいなの笑顔が溶かしてくれる。
どうしようもなかった失敗さえも、れいなの笑顔は、新しい楽しみに塗り替えてくれる。

「うん。そうね。そうしましょう。
明日……はまだ無理かもだけど、落ち着きしだいで、ふたり、いっしょに」

「えっへへー、やくそくですよぉ」

「うん、約束――(ぐ~~~~~っ)――はうっ!?////」

指切りしようとした瞬間に、お腹がめちゃくちゃ大きな音でなっちゃった。

「あ! ポーレット、おなかがすいてるんですかぁ!?
あうあう、れいなお料理とかできればよかったんですけどぉ」

「!!!」

なら、うん。
わたしもれいなに、おんなじことをしてあげよう。

れいなが感じてくれている、申し訳ないって気持ちを笑顔で! 新しい楽しみに塗り替えちゃおう!!

「ね? れいな、わたし、れいなにお願いがあるんだけど」

「はい、なんですかぁ、ポーレット」

材料はもちろん揃ってる。
一人でやって、サプライズするつもりで、きっちり準備しておいたから。

「バースデーケーキ、わたしと一緒につくってくれない? 甘くておいしい、シロップづけのいちごをたっぷり」

「わああああああああ! れいな、つくりたいですう!!!!」

「うん! じゃあ、つくろう!!!」

「はあい! れいな、エプロンとってきますねぇ」

ぱたぱたぱた。
天使の羽ばたきみたいなれいなの足音が、ぴたっととまってわたしに振り向く。

「ポーレットぉ! さいっこーのお誕生日プレゼント! れいな、とってもうれしいですよぉ!!!」

;おしまい

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whisp 2020/03/14 21:17

2020 有島ありすお誕生日記念SS 『ありすさんへのプレゼントにゃあ』(進行豹

2020 有島ありすお誕生日記念SS 『ありすさんへのプレゼントにゃあ』

2020/03/14 進行豹


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*この物語は「透がまだ誰のことも選んでない時系列下」の物語でございます!!

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「ありすさんありすさんありすさん」

「なぁに、ちまちゃん」

ありすさん、せっかくのお誕生日にゃのに、浮かない顔にゃ。

きっとまた小僧がありすさんに、お誕生日のプレゼントとホワイトデーのお返しをいっしょくたにまとめやがったのわたしたのにゃ!

ちまにゃったら、ぜーったいにそんにゃことしにゃいのに……バレンタインのチョコもらえないから、おかえしできないのが残念にゃあ……

「ちまちゃん? おーい、ちまちゃん、ちますけ、ちまたろう~」

「んにゃにゃ!?」

「どしたの? 声かけてきたのにボーっとしちゃって」

「んにゃ、プレゼントのこと考えてたにゃ」

「プレゼント……って」

あ、ありすさん笑ったにゃ!!!
よかったにゃー! せっかくのお誕生日に、しょんぼりした顔してるだにゃんて、せっかくの美人さんでおしゃれさんがだいにゃしにゃもの!

「ひょっとして、ちまちゃんからわたしに?」

「ちまだけじゃないにゃ! ちまとめっかいと、あとヤマネコからのプレゼントにゃ」

「めっかいちゃんに――ヤマネコちゃんって、国道沿いの村境の森にいる、あのこよね? 猫会議で、いっつもちまちゃんのお隣にいるおっきな猫ちゃん」

「そーにゃ! ヤマネコもお仕事できるから、ちまさま相談したら、
『にゃむ、んにゃー、ごろごろごろ。んにゃーんにゃ、ぐるぐるぐるぐる~ ふにゃ、ふにゃん、うにゃー』っていってくれたのにゃ!」

「えと……どういう意味? それ」

「『ありすさんにヤマネコもプレゼントおくりたいちにゃ』って意味にゃあ」

「えー! わ、ほんとに!? ちまちゃんからだけでも嬉しいのに、めっかいちゃんからも、ヤマネコちゃんからもだなんて」

「ひめみやに、『ありすさんのお誕生日に素敵なプレゼントおくりたいにゃー』っておねだりしたら、
『それじゃ、一日お手伝いするごとに100円あげるきに』っていうふうにしてくれたのにゃ」

「うんうん」

「で、ちまとヤマネコもおんなじことにしてもらって、みんなで10日お手伝いして、3000円も稼いだのにゃあ!」

「すごい! すごいすごい! ありがと、ほんとに!!!」

「しょーひぜーっていうので、3000円ぴったり分は買えにゃかったけど、お店のおねーさんに聞いて、ギリギリいっぱい買えるようにもがんばったのにゃ!
 で、プレゼント! にゃにゃーん! これにゃあ!!!」

「わ! 綺麗な紙袋。ね? 開けてもいーい?」

「もちろんにゃ!!!」

「んふふっ! ありがと。中身なんだろ」

ありすさんが袋ガサガサあけてるにゃ。
ちま、ガサガサいう音きいてるとうずうずってして、袋の中に入りたくなってくるけど、今はがまんにゃ!

――って? ――んにゃ?

「わ、チュルルだね。うふふ、ありがとー」

にゃにゃ? 世界で一番おいしーたべもののチュルルにゃのに、ありすさん反応うすいにゃあ? ――にゃにゃっ!!?

「チュルル、ありすさんもしかして好物じゃないニャ!? ちまもヤマネコも、めっかいだって好物だから、ありすさんもきっと好きにゃってちま思って」

「ありがと。けど、これ基本的には猫ちゃんようで――わんちゃんも食べられるみたいだし、めっかいちゃんも好物なら、きっとわんちゃんにもおいしいんだろうけど」

「!!!!? ……にんげん、チュルル、食べないにゃ?」

「なのなの。だから……ん、っと――」

パって、ありすさんが笑ってくれるにゃ。
さっきまでのこまったみたいな笑いじゃなくって、とっても嬉しそうな笑いにゃあ!

「ちまちゃんとめっかいちゃんとヤマネコちゃんなら、山キジ、きっとつかまえられるでしょ?」

「余裕ニャア!!!」

「そしたら、山キジ捕まえてきてもらって、それでみんなでパーティーしましょ?
プレゼントしてもらったチュルル、ちまちゃんとめっかいちゃんとヤマネコちゃんにわたしがプレゼントしてあげるから、
そのお返しに、人間のごちそうになる山キジ掴まてもらって――それで、みんなで美味しく楽しくにぎやかに!」

「にゃあああ!」

すごいにゃ! イカすにゃ!!!


「すっごく素敵な考えにゃ! さすがありすさんにゃあ」

「えへへ、そう思ってもらえるなら嬉しいなぁ」

「ちま勘違いして、ありすさんをきっとがっかりさせちゃったのに、そこからカキーンて大逆転で!
ありすさんもちまもめっかいもヤマネコも、たぶんきっとおうちのみんなもこぞーんとこのみんなまで、
ぜぇんぶがにこにこになれるようにしてくれ、て………………にゃ……」

「? ちまちゃん、また考え事??」

「……にゃ……ちま、わかったような気がするにゃ。ありすさんへのプレゼントは、ちまがもらってうれしいものじゃにゃく――
『ありすさんがもらってうれしいもの』を、選ばなくっちゃダメなのにゃ」

「えと、そこはちまちゃん、きっと最初からわかってたんだと思うよ? 絶体。
だた、『わたしの好物だと思ったもの』を、勘違いしちゃってただけで」

「にゃにゃにゃー。にゃら、そのカンチガイが問題にゃあ」

……考えてみたら、いままで一回もありすさんがチュルル食べてるの見たことないにゃ。
にゃからちま、もっと一生懸命考えてたらカンチガイしないで、きっと別のプレゼント、最初から選べてたにゃあ。

ありすさんが、ぜーーーったいに喜んでくれるものだって、きっと、もっとよく考えた――っ!!!!

「にゃん!!!!」

「って、ちまちゃん!? どこいくの!?」

「こぞーんとこにゃ! すぐに戻ってくるニャア!!!」

ちま、小僧にもおしえてやるにゃ!

『ホワイトデーのおかえしと、お誕生日のプレゼントは別々にしてあげるだけで、もーっとありすさん喜んでくれるにゃあ』って!

それでそれで、小僧はアレでバカじゃにゃいから、いったらきっとそのとおりにして――

そうしたら――そしたらにゃふふ!!! ありすさんきっと、最高の笑顔になってくれるにゃ!!!


「ありすさん待っててにゃ! ちま今度こそ、さいっこーのお誕生日プレゼントおくるにゃあ!!!」


;おしまい

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whisp 2020/03/08 23:22

『ハチロクカメラ』2020ハチロクお誕生日祝い書き下ろしショートストーリー(進行豹

「これは……」

包みをほどく手が止まる。
小さく息が呑み込まれる。
包装の下、本体箱をじっと眺めて、その手はすぐさま丁寧に慎重に動きはじめる。

「カメラ。写真機……デジタルカメラでございましょうか?」
「うむ。デジタルカメラだ。オリンピア社の、テーゲー860という防水対衝撃デジタルカメ
「まぁまぁまぁ、ハチロクマル! わたくしと同じお名前のカメラだなんて!!」

そこでようやく、得心がいったらしい。

戸惑うようにあちらこちらとさまよっていた赤い瞳が、僕のまなざしに重なり、おちつく。

「でしたら……でしたら。これを、わたくし」
「うむ、イヤでなければ受け取ってほしい。僕からハチロクへの、今年の誕生日プレゼントとして」
「イヤだなんてとんでもないことでございます! ありえません!
わたくし、ただ……びっくりしてしまって、うれしくて。こんなに立派でかわいらしくて、それだけに、扱いがむつかしそうなものを……」
「ところがこれは、扱いもきわめて簡単なのだ。実際にやってみればすぐに覚えられる。まずは箱から取り出してくれ」
「は、はい。かしこまりました」

ガラスでできた小鳥の卵を扱うがごとき慎重さ。

(ぱしゃっ)

「あら」

(ぱしゃっ)

「うふふっ!」

(ぱしゃっ)

「ね、双鉄さま、今度はにっこり、ほほえんでみてくださいますか?」

「うむ? こ、こうか?」

(ぱしゃっ!)

「うふふ、なんて可愛らしい。双鉄さまにも、苦手なことって、ございますのね」

シャッター音を繰り返すたび、ハチロクのてつきが、ことばが滑らかになる。

「やはりそのカメラで正解だったな。ハチロクと同じ名前だけあり、きわめて忠実で正確に、主の望みに応えてくれているようではないか」

「あら、わたくしは扱いやすいレイルロオドとは言い難いかとと存じます。
ただ、マスターと……双鉄さまとの相性が抜群によろしいだけで」
「ならばハチロク。お前とカメラのハチロクとの相性も抜群によいのだろうさ」
「うふふっ。左様でしたらとても嬉しいことですね。
あ、そう! ハチロク同士、このこにも紹介をしてあげませんと」
「ああ」

ハチロクが8620にむけ860を構える。
なんともややこしい光景だけれど、その横顔はーー

(ぱしゃっ)

「え!? わたくしまだシャッタアを……って、双鉄さまが?」
「すまん、つい。真剣な横顔が、あまりに純粋でうつくしかったゆえ」
「ああ」

ハチロクが笑う。
深く頷く。

「たいへんに良くわかります。わたくしも、カメラを構える双鉄さまの横顔に、いつも見とれてしまいますので」

「ならば、ハチロク」
「はい、双鉄さま」

お互いがお互いに向けカメラをかまえてしまうのならば、顔は当然、大きく隠れる。

けれどもそれでもかまわない。

カメラに隠れている表情が、僕の同じ、最高の笑顔なのだと、ファインダーには写らなくとも、見えているから。

「ね、双鉄さま」
「うむ、ハチロク」


故に重なる。こころも、声もーー

「「はい、チーーーーズ!」」

((ぱしゃっつ!!))

ーーそうしてもちろん、シャッターも!

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whisp 2020/02/14 19:27

【2020バレンタイン記念SS】 「ナビのはじめてのバレンタイン」 (進行豹

「ううむ」

……2月であるのに、少し暑い。
汗と同時に、自然と言葉が吹き出してくる。

「ナビ、キャノピーを開けてもかまわんか?」

「いいえ、双鉄様。もう5~10分ほど、どうか、我慢してください」

「うむ?」

ナビの言には、常に相応以上の理由がある。
ゆえ従うことに異議は無い。

無いのだけれど……

「5~10分とは、どういうことだ?
かなり曖昧で、ナビにしてはめずらしい物言いのような気がするが」

「気象に関わることですので、範囲を狭めての予測が困難となるためです」

「ああ」

確かに今日の気象は2月離れをしている。
陽が射していた午前中には、コートが邪魔でしかたなかったし……

「午後になって出てきた雲も、暑さを助長しているよな」

「はい。あたたまった地表の空気の蓋として作用しています。ナビの飛行にも助けとなります」

「ならなによりだ。が、どこからどうみても雨雲でもある。これは夜半には崩れそうだ――なっ?!」

あがる。高度が。ぐんぐんあがる。
というかこれは――

「ナビ。このままだと雨雲に突っ込むぞ」

「はい。ですのでキャノピーを閉めておいていただきました」

「レールショップに戻るのだぞ? こんなに高度をあげる必要はないだろう」

「はい。レールショップに戻るためには、ここまでの高度は必要ありません」

「ではなぜ」

「双鉄様への感謝と親愛を示すためには、この高度と航路と、いくばくかの幸運が必要なのです」

「幸運?」

これこそナビに似合わぬ言葉だ。
一瞬脳がざわめくほどの混乱を覚えかけてしまうが――

「……ならば、僕も祈ろう。ナビに幸運が訪れるよう」

「ありがとうございます。双鉄様」

いつもとまったく変わらぬ声音。
ある意味祖先であるはずのハチロクれいなと比べれば、まったく感情を感じぬ電子合成音。

ではあるのだが、なぜだか今は――

「む」

「雨雲の中に入ります」

「う……うむ――」

無論、エアクラ機内にあれば、雨の被害は免れる。
が、そうはいってもナビは雨中を好まない。

あるいはそれは、はるか昔のあの雨の事故――
僕の古傷を慮ってのことであろうかとも思っていたが……

「うおっ!!?」

視界が一瞬白熱する。
ひやりと冷えた体温が、すぐにふつふつ湧き上がる。

見慣れぬ景色に興奮している。
雨雲の中とは――こういうものか。

「見たか、ナビ。いま稲光が真横に、水平に走っていったぞ」

「双鉄さまが稲光をご覧になられたことを確認できました。これより、最適航路に復帰します」

「んん???」

ぐんぐん高度が落ちていく。
雲を抜ける。
わけがわからん。

最適航路に復帰する……ということであれば、今の雨雲への突入は――

「なぁナビ」

「ポーレット様が、きっとご解説くださるかと」

「う? うむ」

僕の質問を遮って――というかおそらく先回りして、ナビが答えを返してくれる。

ならば……うむ。
素直にそれに従おう。


////////////////////////////////////////


「……と、いうことがあったのだが」

「あーーーーーー」

大きく、深く、ポーレットが頷く。
2度、3度。桜色の唇がもごもごうごき――やがて、どこか慎重そうなトーンの言葉が流れ出す。

「稲光って、フランク語でなんていうか、知ってます?」

「フランク語で? …………いや、残念だがまったくわからぬ」

「éclair」

きっぱりと。まるで教師のような口調。
意識もせぬうち、オウム返しが口をつく。

「えくれーる」

「はい。稲光はフランク語でéclairです。
日ノ本語でも、とっても近い発音のお菓子ありますよね?」

「えくれー……ああ、エクレアか?」

「です」

ふっと、一瞬笑った瞳が、すぐに真剣なものとなる。


「éclairがあのお菓子の名前になった由来については諸説あるんですけど……
éclairそのものに共通した特徴には、ほぼ絶対的なものがありますよね?」

「エクレアそのものに共通した特徴……」

ポーレットが僕をじっと見ている。
答えに自力でたどり着くよう、促している。

「……細長く。中にクリームが入っていて。チョコレートでコーティン」

「はい。で、今日はいったい何の日ですか?」

「無論、今日はバレンタイン――――あ!!!!」

“感謝と親愛を示すため”……確かにナビは言っていた。

「そうか――ナビは……」

ナビにあるのはあまりに不器用な、空を飛ぶための身体だけ。
チョコレートを作るどころか、買うことさえも叶わない。

であるというのに、おそらくは――
関連情報を検索し、実現可能性を検討し――

「ナビは、僕にバレンタインのチョコを送ってくれたのか!」


;おしまい

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