有坂総一郎 2022/03/30 07:00

35トン級戦車の検証<1>

史実において35トン級戦車が39年時点で開発される可能性の土壌として前述の通り示した通りだが、その実現には多くの問題が山積している。

陸軍当局、用兵側がいくら熱望しようとも軍政側には予算の問題、技術/工廠側では資材や技術的な問題を抱えている。

仮に軍政側の予算は支那事変予算で解決したとするにしても――実際に九七式中戦車チハの増産は支那事変による陸軍予算の拡大というそれによって解決している――技術側の問題は、おいそれとは解決しない。

まず、35トン級のサイズが結果的に必要だという見解が出たとしての話だが、39年時点で活用出来る戦車用の発動機は三菱ザウラー式空冷12気筒200馬力V型ディーゼルが尤も強力なものであった。しかし、これには機械的信頼性や問題があったことから実際には公称値で実勢値170馬力であり、実働では140馬力へ制限されていたという。

よって、チハに用いる分としては制限付きであろうと一応の性能を担保出来たとしても、それとて15トン級として運用する分には問題が無いという程度のことであると認識せざるを得ない。

実際に、一式中戦車チヘにおいては統制型一〇〇式発動機空冷12気筒240馬力へ置き換わっている。ちなみに排気量/シリンダーは両者ともに21.7L/120mm×160mmである。

この統制型発動機は後に試製であるが過給機付12気筒500馬力/37.7L(145mm×190mm)へと進化するのであるが残念ながら終戦時には間に合っていない。

しかし、間に合っていないといえども、統制型発動機は大きな特徴を有しており、それは間違いなく大日本帝国という国情に即しているモノであって、少なくとも開発の方向性そのものは間違ってはいない。むしろ、それがなければ戦時中の車両製造と運用に大きく問題を抱えたことになる。

余人はそれを欠陥だという。または、国力の低さを表すと誹ることもあるだろう。

だが、それは一方からの見方でしかない。

国情に沿った開発を進めることは何ら間違ったモノでもなく、まして恥じ入るモノでも何でも無いのだ。

というわけで、まずは帝国の発動機というモノを理解しないといけない。

さて、上述の統制型発動機、これがまずはキーワードとなるわけだが、その始まりにもやはり戦車の父であるあの男が関与する。そう、我らが原乙未生中将閣下であらせられる。当時は中佐であったが、彼によって帝国の戦車開発はリードされているのは言うまでも無いが、その根幹を成す発動機にも影響力を発揮しているのだ。

恐らくはという前置きをしておきたいが、彼の心中には三菱ザウラー式空冷12気筒200馬力V型ディーゼルの性能不足が大きく枷になっていたのではないかと思う。

原の先見の明は、チハが新砲塔チハ、そしてチヘを経てチヌへと進化発展をする上で大きな役割を担っている。それどころか、ホイ、ホニの各系統のシャーシもチハのそれを基礎としている。故に、全ての戦車の母と言えるほどにチハを絶妙な具合に設計したことを考えると唯一の心残りになるとすればその心臓たる発動機だろうと考える。

だからこそ、帝国の発動機製造能力の強化と供給能力拡大を狙って共通規格と部品共用を狙い生産性向上を目的に統制発動機プロジェクトを推進したのだろうと推察する。

その考え方は間違いなく時勢に合ったものであり、帝国には各社バラバラに似たような性能の製品を製造している余力など無かった。それゆえ、ヂーゼル自動車工業のDA系ディーゼル発動機を基礎として開発を進めることを指示したのである。

このDA系発動機は大きな特徴として予燃焼室式を採用しており、また、特にDA40型は排気量5,100cc、出力85馬力と当時のディーゼルエンジンの中では優秀な性能を示し、その技術を東京自動車工業、三菱重工、池貝自動車、日立製作所、新潟鉄工所、興亜重工業、昭和内燃機、羽田精機などの各企業へ開示され生産を担当することとなったのだ。

また、この統一規格事業を円滑にし、また無駄な投資を抑えつつ技術的にも重要な部品を供給させるために東京自動車工業、三菱重工、池貝自動車、神戸製鋼、新潟鉄工所など各社の共同出資により39年にヂーゼル機器が設立された。このヂーゼル機器の役割は非常に重要であった。

同社でライセンス生産されたドイツのボッシュ社の燃料噴射装置が各社の統制型発動機の多くに採用されることでその性能を引き出すと共に共通規格をより徹底することへ繋がるのだが、そこには事情が隠されていた。統制型発動機の制定以前には各社で多種多様な燃料噴射装置が使用され共通化や調達の問題を抱えていた。さらには性能・品質面でも問題があったため、ヂーゼル機器の設立は統制型発動機の普及、性能・品質維持にあたり重要であったのだ。

そして規格化された統制型発動機は軍用民生用と多種の規格が目的別に設定されていたが、基本的にはボア、ストローク、燃焼室形式を統一した一種のモジュラー構造を取っていた。また、空冷と液冷も揃っており、主に軍用車両には空冷が用いられた。逆に民生用では液冷式が用いられている。

この統一規格で製造された統制発動機はその制定当時は十分にその役割を果たしていたが、残念ながら、年が変わる度に非力となっていくのが明白となり、各社共に馬力強化に血道を上げることになるのだ。

危機感を抱いた三菱が開発したのが統制型四式発動機であり、気筒を大型化して排気量を37.7Lと増やし、整備性と冷却効率、信頼性を追求して設計された。これは四式中戦車チトへの搭載型予定されたが、過給機付のモデルが更に改設計され、最大500馬力を発揮する予定であった。

陸軍の依頼を受けた三菱重工によって42年より重戦車用として三菱AJディーゼル発動機が開発中であった。試作された単気筒(排気量3.82L)の試験は成功したものの、V型12気筒の本体は未完成の状態で終戦を迎えている。三菱AJディーゼル発動機の完成予定時の諸元は、空冷V型12気筒500馬力、160mm×190mm/45.84Lであったという。これは統制型発動機に含まれるかは判断が分かれるものであると言うが、延長線の技術ではないかと推測される。

ここまで書くと解ると思うが、馬力不足というのは時が経つにつれて解消しつつあることが解る。

だが、そこでT-34ショックに立ち戻って欲しいのだが、この化け物に搭載されていた化け物の心臓は最初からハリコフ機関車工場 V-2 液冷V型12気筒500馬力のディーゼル発動機である。

バルバロッサ作戦時のⅣ号戦車E型に搭載されている発動機は、マイバッハ HL 120 TRM 液冷V型12気筒320馬力のガソリン発動機であることから、比較してみてもいかれているとしか思えない馬力を発揮している。

しかし、T-34だけがこのV-2という化け物発動機を積んでいるかと言えば、そうでもなく、KV-1なども積んでいること、また他のソ連戦車の多くが30年代後半時点で概ね400馬力オーバーのガソリン/ディーゼル発動機を積んでいることから、ソ連の視点ではそれほど見るべき点はないのかも知れない。

だが、大英帝国のクルセイダー巡航戦車やマチルダⅡ歩兵戦車など39-42年に登場しているそれらも概ねガソリン300馬力台であることから、日本だけが特別に遅れていたという考え方は出来ないと思える。

日本の場合、ガソリン発動機ということを考えると実績のあるBMV系発動機などをお下がりとして使う分には問題は無かったし、既に実績もある。それだけ言えば、デチューンして300~500馬力で運用することは問題は無いのだ。航空機で運用する分には問題があっても、デチューンして使う分にはある程度の余裕が生まれることもあるのだろう。

だが、ディーゼル発動機については少なくともソ連に対しては二歩後れを取っていると言わざるを得ないが、そもそも戦車にディーゼル発動機というそれの元祖ないし本家は帝国であるという主張をして存在感をアピールしておく必要があるだろう。

さて、余談が過ぎた。

そこを踏まえてだが、仮に35トン級戦車を39年時点で開発を進めることを前提とした場合、統制発動機を除外せざるを得ない。理由は馬力が足りないの一言に尽きる。

まぁ、歩兵戦車として速度を求めないというのであれば、25km/h程度で火力優先というそれならば、マチルダⅡやバレンタインのような20~25トン台、チャーチルのような30トン台でも可能であろう。その程度であれば統制型一〇〇式発動機の240馬力でも事足りるのである。

しかし、それは歩兵戦車として望むならばと言う前提条件だ。

我が帝国陸軍の望む戦車とはそういったモノだろうか?

否、その様なものではない。武田の騎馬軍団、伊達の騎馬鉄砲隊、こういったものが我らの求めるモノではないだろうか?

であるならば、馬力だ!35トンもの重量をモノともしない大馬力こそが相応しい。

大馬力を求めるならば、そこにあるではないか、そうだ、信頼と実績のハ9があるじゃないか。まぁ、信頼というのは言い過ぎであるのは諸兄の知っての通りであるが、それで不満があるのであれば、ローレンW型/九一式W型というのはどうだろうか?ただ、これは海軍御用の発動機であるから適当とは言い難いだろう。他の陸軍御用の航空機用発動機のお下がりだとハ2があるが、これは三菱のイスパノ系液冷発動機になるが、これも非常に信頼世に疑問符が付くのである。

となると、空冷星型発動機を持ってくるしかないが、そうなると中島寿が適当になるだろう。これならば500馬力を発揮するし、ジュピター譲りの安定した信頼性に定評がある。また、馬力に不安があるというのであれば、少々信頼性に疑問符が付くが一応は使いこなせている中島光を使うという手がある。これならばデチューンの上で500馬力にするのであればどうだろうか?

ただ、これは現行の航空機発動機を横取りするという問題点を発生させることになるわけで、また、中島という航空機メーカーに現行発動機と型落ち発動機の並行生産を行わせるという問題も発生させることになる。

そして、さらなる問題として、ガソリンを扱うことで折角ディーゼルという低燃費発動機を八九式軽戦車乙で採用して今に至るというのに、兵站を圧迫させ、同時に航空機用燃料をも横取りしてしまう結果を生んでしまうのだ。

さぁ、これをどうやりくりするかという話になる。

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